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アイドルじゃない! 実力で上り詰めた英バンド「ジャパン」
アイドルじゃない! 実力で上り詰めた英バンド「ジャパン」
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■初来日で武道館公演を果たすも、本国イギリスではパッとせず…
地域・国の名前が、曲やバンド名に用いられることがしばしばあります。

例えば、故やしきたかじんの代表曲「東京」。

ジャニーズ事務所のロックバンドの名や、沢田研二の曲にも用いられている東京の称「TOKIO」も有名です。

海外では、イングランド出身のプログレバンド「UK」、アメリカのロックバンド「シカゴ」などがあげられます。

そして、遡ること1970〜1980年代。

ジャパン(Japan)という名のバンドが、日本国内で独特の存在感を放っていました。

ジャパンはイギリス出身のバンドです。

デビュー当時はアイドル的なグループとして宣伝されていましたが、イギリスの音楽シーンでは鳴かず飛ばず。

ところが日本では、初来日から武道館公演を実現し、日本人アーティストとの関わりも強めていきます。

■ビッグ・イン・ジャパンではあるけれど…
「ビッグ・イン・ジャパン(日本でしか売れていない洋楽ミュージシャン)」ともいえる成功パターンなので、「たいしたことないじゃん」と鼻で笑うオヤジもいるかもしれませんが、彼らの実力は決して侮れません。

ジャパンのベーシストである「ミック・カーン」は、フレットレス・ベースの使い手としても有名です。

イギリスの音楽サイト「MUSIC RADER」では15位にランクインしています。

1982年にジャパンを解散した後には、バウハウスのピーター・マーフィーとのユニットや、デヴィッド・トーンとテリー・ボジオとの「ポリタウン」で活躍し、日本では布袋寅泰やSUGIZOのアルバムに参加するなど、活動の幅を広げていました。

2001年には、有名プロデューサーである佐久間正英を中心に結成されたロックバンド「The d.e.p」に参加。

ボーカルはビビアン・スー、ギターは一風堂のリーダーである土屋昌巳、ドラムは新堂本兄弟の堂本ブラザーズバンドに参加していた屋敷豪太という、錚々たるメンツです。

業界人からの信頼も厚かったミックですが、2011年に52歳の若さで死去し、多くの音楽ファンが悲しみに暮れました。

■他のメンバーもスゴイんです
ボーカルのデヴィッド・シルヴィアンは、坂本龍一、高木正勝、矢野顕子らとのコラボレーション経験があり、人気アニメ「MONSTER」ではエンディング・テーマの作詞と歌唱を担当しました。

キーボードのリチャード・バルビエリ、ドラムのスティーヴ・ジャンセンも、一風堂など様々なミュージシャンとのコラボを果たしています。

■進化を楽しめるバンド
バンドのサウンドとしては、初期はグラムロック・ファンクの要素がありましたが、1979年ごろからは耽美的なシンセポップへと変化していきます。

ただ、ポップとはいっても決して明るい曲ではありません。

いうなれば、影のある個性的な世界観。

比較対象が適切ではないかもしれませんが「中島みゆきより暗い」という人もいます。

ようやく本国イギリスでの評価が高まってきたのも、確固たる世界観を確立したころのことでした。

■オススメのアルバムは集大成ともいえる「Tin Drum」
Tin Drumは、1981年にリリースされたラストアルバムです。

ダウンタウンの浜田雅功の長男であり、実力派ベーシストとしても有名なハマ・オカモトは、同アルバムの「Visions Of China」にヤラれたとのこと。

■アイドルからの出発だったけど
日本ではデビュー前からファンクラブが結成されていたほどで、顔から入るファンが多かったようです。

長年の活動を通してアイドルから見事に脱却し、ミュージシャンとしての地位をつかみ取った―――その努力は凄まじいものだったに違いありません。

日本も今の時代、アイドル化しているバンドが少なくありませんが、曲を聴いてみると「おお!?」となることがしばしばあります。

いい音楽に巡り会いたいなら、色眼鏡で見ないことが大切なのかもしれませんね。


【日時】2018年10月29日
【提供】YAZIUP
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[ 匿名さん ]

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