📖 創作･携帯小説

「パラレルワールド」

ネットでの買い物から何気ない検索の履歴まで、あらゆる情報がデータとして蓄積されていく世界。
このビッグデータと呼ばれる情報は、人工知能により処理・判別され、人格として構築される。
こうしてネットの内にもう一つの世界が出現していた……


大学卒業までに内定を貰えなかったＡ君。
氷河期と言われる就職難と重なった不幸は有ったが、就職を決めて行く友人を見る度に、どこか納得できない思いが有った。
彼はアルバイトで食い繋ぎながら就職活動を継続して行く事にした。


企業として優秀な人材は欲しい。
だが、数十分の面談で性格や将来性まで判断するのは至難の業だ。
ミスマッチを防ぐ為にも、効率良く、間違い無く評価するにはどうすれば良いか。
企業は採用の可否に関わらず、人事全般の判断を人工知能に託す事にした。
人工知能がビッグデータを使ってプロファイリングした結果は、生身の人間が面談するよりも数段正確な筈だ。
勿論、その結果も個人情報の一つとして蓄積されていく。


Ａ君の就職活動は失敗続きだった。
充分に準備をし、資格も幾つか取ったのだが、上手く行かなかった。

実は最初の就職に挑んだ時、検索履歴から政治的思想が判断されて不適と判断されていたのだが、Ａ君が知る由も無い。
これで彼のスコアは一つ下がっていた。
アルバイトは低賃金労働と判断され、さらにスコアは下がった。
そして失敗の度にスコアは落ち続け、もはや彼が希望する業種はおろか、一般企業への就職は不可能だった。

ネット内のＡ君は、今やスラムの住人になっていたのだ。

パラレルワールド。
互いに影響しながらも並立しているもう一つの世界。

貴方の前のPC。それはもう一つの世界の貴方自身なのです……

「炎上Γ(ｶﾞﾝﾏ)の伝説」

初期型ガンマ。2st・パラツイン250cc……
125と見紛うコンパクトな車体を限界までバンクさせ、そのガンマはコーナーの向こう側へ消えた。

恐ろしく速いガンマが居る。
「速過ぎる、尋常じゃ無い」
「レーサーのエンジンを積んでるらしい」
「500ccは有るそうだ」
「ターボが付いてるらしい」
噂が噂を呼び、峠に集まる走り屋達に広まって行った。

見た者の話では、カウルはガムテだらけ、ガソリンタンクは塗装がハゲ落ち赤サビが浮いていたらしい。
タンクの赤サビが火炎のように見えた事から、そのガンマは「炎上ガンマ」と呼ばれるようになっていた。

その日の早朝、いつもの峠にガンマは現れた。
走り屋達は走るのを止め、もはや伝説となっていたガンマの走りを見物していた。
中でもギャラリーコーナーと呼ばれる右コーナ−は絶好の見物ポイントだった。

走り屋達が見守る中、ガンマは悲鳴のような金属音を響かせながら、信じられないスピードのままドリフト気味に右コーナーへ飛び込んで行った。

一瞬だった。

黄色いポルシェだった。
車線を塞ぐように横向きになったポルシェがコーナーの向こうから現れたのだ。
ガンマは行き場を失いスリップダウンした、そしてそのままポルシェと路面の間に突き刺さった。
二台は重なったままガードレールを突き破り、崖下へ消えた。
走り屋達が駆け付ける頃には、真っ黒い煙が崖下から立ち昇っていた。

ガンマはその異名のままに炎上し、伝説は終わった。

その右コーナーは「ポルシェアタック」と呼ばれ、「炎上ガンマ」の伝説と共に走り屋達に語り継がれた。

それから数十年。
峠から走り屋達が姿を消して久しい今、「ポルシェアタック」の由来も「炎上ガンマ」の伝説も知る者は居ない。