12人をリンチ、殺害 山岳ベース事件
1960年代後半、左翼団体の「連合赤軍」は、テロを準備するアジト(山岳ベース)を群馬県の山中に築いた。
そこで、「総括」と称するリンチによって、メンバー12名を殺害していたのが「山岳ベース事件」である。
1971年8月、山岳ベースを脱走したメンバー2名を「処刑」。
その後も、意見の食い違いが出ると、「死刑」を宣告。アイスピックやナイフで全身をめった刺しにした後に絞殺した。
この「死刑」に参加しないメンバーも同様に「死刑」にされた。
約2ヶ月半の間に殺害されたメンバーは12人にも上り、妊娠しているというだけで殺された女性メンバーもいた。
遺体はすべて全裸で土中に埋め、顔面を破壊して焼くなどの証拠隠蔽を行っていた。
警察の捜査によって、連合赤軍を追跡。
連合赤軍は、別荘あさま山荘に逃げ込んで「あさま山荘事件」を起こして抵抗をするも2月28日に逮捕。(あさま山荘でも機動隊員2名、民間人1名を殺害)
そして山岳ベースで、12人の遺体が発見され、事件の全貌が明らかになった。
<連合赤軍>
共産主義者同盟赤軍派と京浜安保共闘人民革命軍の合流によって結成。
赤軍派は、M作戦(銀行強盗)によって資金力はあったが、武器がなかった。一方、京浜安保共闘人民革命軍は、銃砲店襲撃事件などを起こし、猟銃を手に入れていたが、資金力がなかった。
互いの活動を評価していた両組織は、それぞれの利害の一致から統合。思想的には唯物論、神や仏、先祖は無(神罰・バチや仏罰はあり得ない)とする毛沢東主義を掲げていた。