>>506
そういった世の理不尽を説明するのは本来、宗教家の仕事ですよ。
私は宗教家ではありません。
ここでは遺伝子学や医学の講義は無意味でしょう。
高橋氏は、そういった理不尽を前世の因果だと言ったんです。
正確には来世にて救われるための手順だと。
それって、ヒンズー教の「カルマ」の考え方そのものじゃないですか。
前世に悪行を重ねたから現世で応報され、罰を受け、浄化される。
ヒンズーのカルマの考え方は、それを理由に身分制度(カースト)を作り、人々を虐げる理由としているんです。
どちらも言っていることは、「現世では救われてはならない」ってことです。
それが私には受け入れられません。
私は、赤ん坊には無限の可能性が眠っていると考えています。
手足がないとか、思考すらままならないとか、そんなことは些細なことです。
スタートラインは、高橋氏が言うほど不平等ではないんですよ。
不平等な点があるとすれば、それは子供から無限の可能性を引き出す役目を担う親です。
世の中には、目が見えないから見えることがあり、耳が聞こえないから聞こえることがあり、言葉を話せないから言えることがあり、思考できないからこその考えというものがあります。
その声なき声を聞いて、表現する方法を与えるのは親の役目なんです。
それに気付かずに、一方的な偏見で「不平等だ、劣っている」と断じるからこそ、子供達は何もできずに死んでいくんです。
そして、子供は親を選ぶことだけはできません。
五体満足でも、自分の都合のために子供の可能性を見捨てる親もいます。
自分のエゴを満たすためだけに暴力を振う親もいます。
子供は自分の親がそうでないということを祈るしかできません。
願わくば、私のような子供が増えないことを。