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2023/10/12 14:27
爆サイ.com 甲信越版

🍜 三条市雑談





NO.1928057

三条市立図書館
ないので作ってみました。
たまにいくけど、けっこう利用者多いよね。

あの子がかわいい
こいつがムカつく

など、様々な情報お願いします。
報告閲覧数412レス数63

#142014/02/18 18:32
図書館は暖かいかい?

[匿名さん]

#152014/02/18 18:32
どうも!

[匿名さん]

#162014/02/18 21:34
>>12
懐かしい!

[匿名さん]

#172019/06/22 17:14
本をたくさん読んでお利口になりましょうね

[匿名さん]

#182019/06/22 18:57
働いてる人達暗い

[匿名さん]

#192019/07/02 22:17
私があなたに会えるならば、私が正直に話したならば、そのようなねじれは私を受け入れたでしょう。 あなたは裏切りを取り除きましたか?

[匿名さん]

#202019/07/02 23:15
は?

[匿名さん]

#212019/11/02 06:37
ネクラ

[匿名さん]

#222019/11/02 23:23
いじめっこお母さんが働いています

[匿名さん]

#232019/11/04 15:15
利益がないのに、どこから給料出てるんですか?

[匿名さん]

#242019/11/08 06:46
働きがいゼロ

[匿名さん]

#252020/10/16 14:42
もうすぐ建て替えっていうけど今の図書館だって建て替えだばかりだっていうのに。
総合体育館もそんなに年数たってないのに建て替えてるし。
それよりも補修ばかりじゃなくあの駐車場もしにくい迷路みたいな市役所を建て替えてほしいもんだが。

[匿名さん]

#262020/10/16 16:17
三条は糖尿病クソデブインポの金物屋に卑劣な人格障害者や変質者妬み僻みニストは多い
やはり立たないのは問題だし楽しみがなくなる
三流大学出のコンプレックスと自称メーカーのくだらないプライドで性格が曲がってしまう
自分の人生の没落は自分の管理が悪いのが現実なのに他人を恨みはじめる
自分がアホで無力のやるせなさを成功者や有名人に対し匿名で出鱈目な誹謗中傷することで満足しているカスとなる
糖尿病がついには脳細胞をも壊死させ頭がおかしくなりブツブツと訳がわからないことを言い始め挙句の果てには卑怯な匿名の便所の落書き糞掲示板への出鱈目な誹謗中傷でチンポが立つ他人を没落させようとする事で満足しようとする
そして特にチンポが立つ奴を妬み爆サイ妬み恨みニストになる
本人の前ではビビって何も言えないチキン野郎
まさに心も身体も病気で本当につける薬も無い病(爆笑)

三条市雑談は三条の妬み僻みニストの巣
自分が無力のやるせなさを匿名で成功者や有名人に対し出鱈目な誹謗中傷することで満足している馬鹿
本人の前ではビビって何も言えないチキン野郎の集まり
三条市雑談依存症で完全な病気でまさにつける薬もない病
一生現実社会から離脱し糞便所の落書き掲示板から抜け出すことは出来ないだろう
もはやつける薬もない病(爆笑)

[匿名さん]

#272021/06/15 06:16
学歴も教養も金もない汚ねえ老害どもの溜まり場

[匿名さん]

#282021/06/17 01:37
利用者が?

[匿名さん]

#292021/06/17 10:56
職員が?

[匿名さん]

#302021/06/17 13:23
お前が?

[匿名さん]

#312021/06/18 17:07
誰が?

[匿名さん]

#322021/06/18 22:04
利用者な

[匿名さん]

#332021/06/18 22:05
>>32
名前書かないタイプデス?

[匿名さん]

#342021/06/20 04:38
は? 

[匿名さん]

#352021/06/23 19:53
国土安穏寺
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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国土安穏寺
Kokudo-Annon-ji.JPG
所在地 東京都足立区島根4-4-1[1]
位置 北緯35度46分54.5秒 東経139度47分43.0秒座標: 北緯35度46分54.5秒 東経139度47分43.0秒
山号 天下長久山[1]
宗旨 日蓮宗[1]
本尊 久遠實成本師釋迦牟尼佛[1]
開山 經王院日通聖人[1]
開基 武蔵國足立郡領主 千葉太郎滿胤[1]
法人番号 6011805000112 ウィキデータを編集
国土安穏寺の位置(東京都区部内)国土安穏寺
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地図
国土安穏寺(こくどあんのんじ)は、東京都足立区島根にある日蓮宗の寺院。山号は天下長久山。旧本山は大本山法華経寺[2](中山門流)、達師法縁(繁珠会)。中山法華経寺2世日祐自作とされる祖師像を安置する。

[匿名さん]

#362021/06/23 21:26
はい?

[匿名さん]

#372021/06/25 19:42
^ 便女(びんじょ)というのは、文字通り「便利な女」の意味で、武将の側で身の回りの世話(性行為もその中に含まれる)をする召使いの女。便女=美女という解説がなされる場合もある。また、当時それらの役割は「寵童」と呼ばれる見た目の良い少年にさせる事も多かった(細川涼一『平家物語の女たち 大力・尼・白拍子』講談社現代新書、1998年)。

山吹御前
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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凡例山吹御前
Yamabuki-Gozen.jpg
「賢女烈婦伝」「山吹御前」(東京都立図書館)
時代 平安時代末期
生誕 不詳
死没 不詳
墓所 埼玉県比企郡嵐山町鎌形班渓寺内
主君 源義仲
氏族 金刺氏?
子 駒若丸?
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山吹御前(やまぶきごぜん)[1]は、平安時代末期の女性。源義仲の便女[2] といわれている。


目次
1 経歴
2 異説
3 山吹に関する伝承
4 脚注
5 関連項目
経歴
『平家物語』によると、巴御前と共に信濃国から京へと付き添ってきたが、義仲の敗北の際には病で動けなかったため同行できなかったという。登場するのは軍記物語の『平家物語』のみであり、当時の一次史料や鎌倉幕府編纂書の『吾妻鏡』には、その存在は確認されない。『平家物語』でも語り本系のみに登場し、読み本系の『延慶本』や『源平盛衰記』には登場しない。

[匿名さん]

#382021/06/25 19:42
異説
巴と同様に中原兼遠の一族とされることもあるが、小説家の海音寺潮五郎は金刺氏の持ち城に山吹城という城がある点と『諏訪大明神絵詞』に「諏訪下社大祝である金刺盛澄が義仲を婿にとり、女の子が生まれた」と記述されている点から金刺一族の出身であるとの見解を示している[3]。

明治時代の自由民権運動家の武居用拙は著書『岐蘇古今沿革志』で、義仲の妻(正室)は藤原伊子と山吹姫であると記載している。便女と記載されているのは軍記物語である『平家物語』のみであり、当時の一次史料や鎌倉幕府編纂書の『吾妻鏡』には、その存在は確認されない。『平家物語』は文学的脚色である可能性が高い。敗者であるが故に便女と妻を取り違えて解釈し紛れもない冒涜・虐めであり、正確には(地方豪族・敗者の娘)を妾とし、(同盟国の娘・皇別の娘)を妻・正室と主張している[4]。

山吹に関する伝承
愛媛県伊予市(旧双海町と旧中山町)にかけての一帯に、山吹に関する伝承がある。義仲が伊予守であったという事実から、山吹が伊予国まで逃避行し、双海町上灘の沿岸部に上陸し、上灘川に沿って東方向に移動する中で息を引き取り、中山町佐礼谷の山中に埋葬されたという内容である。このルート上で、伊予市立翠小学校付近の大栄口から佐礼谷方面への上り坂は、病に倒れた山吹の屍を笹舟に乗せて引き上げたことから「曳き坂」という名前が残り、山吹の墓とされる五輪塔が残る集落は山吹集落という名前であり、山吹神社が鎮座する。佐礼谷には山吹集落の北側に「源氏」という名前の集落もある。また、伊予市立翠小学校付近の集落では、山吹が追手から見つかるのを防ぐため、幟を揚げることを控えたとされ、現在も住民は慣習として鯉のぼりを揚げない。同様の例は平家の落人の里にも散見される。

また、滋賀県大津市には、京洛より義仲を追って逢坂山を越え近江へ入ったところ、現在のJR大津駅の地にあった秋岸寺で敵刃に倒れたとの伝承がある[5]。現在大津駅のそばに「山吹地蔵」の小祠がある。

[匿名さん]

#392021/06/25 19:43
脚注
^ 「御前」という語は貴人や貴人の妻に対し用いられるが、静御前や虎御前のように、白拍子や遊女に対しても用いられる。
^ 便女(びんじょ)というのは、文字通り「便利な女」の意味で、武将の側で身の回りの世話(性行為もその中に含まれる)をする召使いの女。便女=美女という解説がなされる場合もある。また、当時それらの役割は「寵童」と呼ばれる見た目の良い少年にさせる事も多かった(細川涼一『平家物語の女たち 大力・尼・白拍子』講談社現代新書、1998年)。
^ 便女と妻を取り違えて解釈している可能性がある。『平家物語』では義仲は京で松殿基房の娘(藤原伊子とされる)を妻としている。また、巴が義仲の妾とされ山吹は出てこない『源平盛衰記』では、義仲は京で基房の娘を妻とした他に、巴に向かって信濃の妻に再び会えないのが心残りだとも言っている。
^ 武居用拙『岐蘇古今沿革志』(明治23年(1890年))
^ 『新修大津市史』
関連項目
中原氏 (木曽)
手塚光盛
山吹地蔵尊 JR大津駅構内

[匿名さん]

#402021/06/25 19:44
白拍子
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肉筆画で描写された白拍子姿の静御前(葛飾北斎筆、北斎館蔵、文政3年(1820年)頃)
白拍子(しらびょうし)は、平安時代末期から鎌倉時代にかけて起こった歌舞の一種。及びそれを演ずる芸人。

主に男装の遊女や子供が今様や朗詠を歌いながら舞ったものを指すが、男性の白拍子もいた。素拍子(しらびょうし)とも書き、この場合は無伴奏の即興の舞を指す。


目次
1 起源伝承
2 歴史
2.1 歴史上の白拍子
3 事例
4 脚注
5 参考文献
6 関連項目
起源伝承
複数の白拍子が登場する鎌倉時代前期の軍記物語『平家物語』では、白拍子の起源について「鳥羽院の時代に島の千歳(せんさい)、和歌の前という2人が舞いだしたのが白拍子の起こりである」としている[1]。

また「初めは水干を身につけ、立烏帽子をかぶり、白鞘巻をさして舞ったので、男舞と呼んだ。途中で烏帽子、刀を除けて、水干だけを用いるようになって白拍子と名付けられた。」と解説している[2]。

歴史
白拍子は、男女問わずに舞われたものであったが、主として女性・子供が舞う事が多かった。

古く遡ると巫女による巫女舞が原点にあったとも言われている。神事において古くから男女の巫が舞を舞う事によって神を憑依させた際に、場合によっては一時的な異性への「変身」作用があると信じられていた。日本武尊が熊襲征伐において女装を行い、神功皇后が三韓征伐の際に男装を行ったという説話も彼らが巫として神を憑依させた事の象徴であったという。

このうち、巫女が布教の行脚中において舞を披露していく中で、次第に芸能を主としていく遊女へと転化していき、そのうちに遊女が巫以来の伝統の影響を受けて男装し、男舞に長けた者を一般に白拍子とも言うようになった。

白い直垂・水干に立烏帽子、白鞘巻の刀をさす(時代が下ると色つきの衣装を着ることも多かった)という男装で歌や舞を披露した。伴奏には鼓、時には笛などを用いた。

後に、猿楽などへと変貌していった。後に早歌(そうが)や曲舞(くせまい)などの起こる素地ともなった。また延年にも取り入れられ、室町時代初期まで残った。

[匿名さん]

#412021/06/25 19:45
歴史上の白拍子
白拍子を舞う女性たちは遊女とはいえ貴族の屋敷に出入りすることも多かったため、見識の高い者が多く、平清盛の愛妾となった祇王や仏御前、源義経の愛妾となった静御前、後鳥羽上皇の愛妾となった亀菊など、貴紳に愛された白拍子も多い。また、微妙や磯禅師等、歴史に名を残す白拍子も多い。

事例
仏御前を例にとると、14歳のとき上京し、叔父の白河兵内のもとで白拍子となり、その後京都で名を挙げ、当時の権力者であった平清盛の屋敷に詰め寄る。その当時は白拍子の妓王が清盛の寵愛を集めていたので追い払われるが、妓王の誘いにより清盛の前で即興で今様を詠み、それを自分で歌いながら舞を見せ、一気に寵愛を集めた[3]。このとき詠んだ今様は、以下のようなものである。

君を始めて見るをりは  千代も経ぬべし姫小松  御前の池なる亀岡に 

鶴こそ群れ居て遊ぶめれ

脚注
^ 『平家物語』「祗王」の章
^ 『平家物語』「祗王」の章
^ この物語は平家物語(第一巻 6「祗王」)に登場する。
参考文献
谷川健一『賤民の異神と芸能』河出書房新社 2009年 ISBN 4309225128
関連項目
異性装
菊綴

[匿名さん]

#422021/06/25 19:46
虎御前(とらごぜん、安元元年(1175年) - ?)は、鎌倉時代初期の遊女。曾我祐成の妾。お虎さん、虎女(とらじょ)とも呼ばれる。富士の巻狩りの際に起こった曾我兄弟の仇討ちを描いた『曽我物語』で、この物語を色づけ深みを持たせる役割をしている。『吾妻鏡』にも出てくることから実在した女性とされる。 江戸期に制作された多数の曾我物にも登場し、虎御前の名は広く知られることとなった[1]。


目次
1 経歴
1.1 『吾妻鏡』における虎
1.2 『曽我物語』における虎
1.2.1 出自
1.2.2 生涯
2 名前についての考察
3 虎が石と伝承
4 虎が雨
5 脚注
6 関連項目

[匿名さん]

#432021/06/25 19:47
遊女(ゆうじょ、あそびめ)は、遊廓や宿場で男性に性的サービスをする女性のことで、娼婦、売春婦の古い呼称[1]。「客を遊ばせる女」と言う意味が一般的である。


目次
1 呼称
1.1 古代中国の遊女
1.2 日本における遊女の呼称
1.3 琉球
2 歴史
2.1 古代
2.2 中世
2.3 近世
2.4 明治以降
3 仕事内容
3.1 関連用語
4 新吉原
4.1 花魁
4.2 その他
5 脚注
6 参考文献
7 関連項目
8 外部リンク
呼称
「遊女」という呼称は古くからあり、元来は芸能に従事する女性一般を指したものであり、とりたてて売春専業者を意味するものではなかった。

[匿名さん]

#442021/06/25 19:48
古代中国の遊女
古代中国では遊女のことを妓女と呼ぶが、遊女という言葉は『詩経』周南・漢広編に「漢に遊女有り、求むべからず」とある[2]。この詩経での用例は、川(漢水)べりで遊ぶ女という意味、もしくは川の女神という意味である[2]。齋藤茂は日本語での遊女は、この詩経での「出歩き遊ぶ女」から派生したようだとしている[2]。なお、日本の遊女の別称である「女郎」は、古代中国では「若い女性」の意味である[3]。


夜鷹。江戸職人歌合. 石原正明著 (片野東四郎, 1900)
日本における遊女の呼称
日本では古来より数多くの呼称があり、古く『万葉集』には、遊行女婦(うかれめ)の名で書かれており、平安時代になるとこれに代わって遊女(あそび)がでてくる[4]。「遊(あそび)」は、『源氏物語』みをつくしの巻に「あそび共の集いまいれるも」、『栄花物語』に「江口という所なりて、あそびども笠に月をいだし」、『散木集』に「あそびども数多もうで来て」、『更級日記』に「あそび三人」などがあり、歌舞を主にし、「あそびめ」「あそびもの」とも言った[5]。中世には、傀儡女(くぐつめ)や白拍子(しらびょうし)、傾城(けいせい)、上臈(じょうろう)などと呼ばれていた。

近世になると、女郎(じょろう)、遊君(ゆうくん)、娼妓(しょうぎ)といった呼称もあらわれる。遊廓の遊女には位があり、最高位の遊女を太夫という。江戸の吉原遊廓では太夫が消滅した宝暦以降は高級遊女を花魁(おいらん)といった。

大衆的な遊女には湯屋で性的労働を行う湯女(ゆな)、旅籠で性的労働を行う飯盛女(めしもりおんな)がある。そのほか街角で買春客を待つ京都の辻君(つじぎみ)、大坂の惣嫁・総嫁(そうか)、江戸の夜鷹(よたか)などもある。ただし一般的には、「遊女」「遊君」と言った場合はこうした大衆的な娼婦より上位の女を指す[1]。

琉球
琉球王国では尾類(ジュリ)と呼ばれる技芸を身に付けた女性が、冊封使や首里の貴人などを辻でもてなしていた[6]。売春も行うが、芸妓のように歌や踊りによる接待もあった。

[匿名さん]

#452021/06/25 19:50
品位 (位階)
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曖昧さ回避 この項目では、日本における親王・内親王の位階について説明しています。
中国における位階制度については「位階」をご覧ください。
曖昧さ回避 「徐品」はこの項目へ転送されています。
カトリック教会の制度については「叙階」をご覧ください。
品位(ほんい)とは、日本の律令制において定められていた親王・内親王の位階のことをいう。奈良時代から江戸時代にかけて存在した。

「品位」は、中国の王朝における分類法(九品)に由来する。中国では位階を一品以下九品までに分類し、これを正位と従位にわけていた。この品位は朝鮮の歴代王朝でも用いられ、特に新羅以降については骨品制という独自の位階制が存在した。

しかし、日本の律令制では、臣下の位は「位」で分類し、これとは別体系の親王・内親王の位階に「品」(ほん)を用いた。品位には一品から四品があり、正位と従位にわけない。品位に叙せられていない親王は「無品」(むほん、むぼん)と称した。なお、諸王は臣下と同じ位階体系において、正一位から従五位までに叙せられた。

品位を授けられた親王は、品位に応じて品田が支給され、品封(封戸)を賜る[1][2]。

明治時代以降は親王の品位および諸王の位階は廃止され、皇族には勲等と功級のみが授与されることとなった。

[匿名さん]

#462021/06/25 19:50
九品
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九品(くほん)とは、物質や人の性質を3×3で分類したもの。三三品(さんさんぼん)。

現在俗にいわれる上品・下品(じょうひん・げひん)の語源とされる。

またしばしば、九品浄土(9の等級に分けられた浄土)や九品蓮台(同様の蓮台)を単に九品と呼ぶ。浄土教で極楽往生の際の九つの階位を表しており、人の往生には上品・中品・下品があり、さらにそれぞれの下位に上生・中生・下生とがあり、合計9ランクの往生があるという考え方[1][2]。九品仏はそれを表した9体の阿弥陀仏のこと。


目次
1 中国の九品
2 仏教の九品
3 脚注
4 関連項目
中国の九品
九品(くほん)は、中国で人物を鑑定したり、官吏を登用する際に用いた分類である。

「九品官人法」も参照
中国では、人物や物の性質を分類したが、まずはじめに、上品(じょうぼん)・中品(ちゅうぼん)・下品(げぼん)の3つに大きく分け、これら一品ずつにまたそれぞれ上中下の三品があるとした。これを三三九品ともいう。 上品上生を最高の往生を占めすと言い「力端印」と呼ばれる[要出典]。 すなわち以下の通り。

三品 九品
上品 上上品
上中品
上下品
中品 中上品
中中品
中下品
下品 下上品
下中品
下下品
なおいわゆる下品は、この用法から、中国の貴族社会における下等の家柄や地位を下品と呼ぶようになったことに由来する。

[匿名さん]

#472021/06/25 19:51
仏教の九品
九品(くほん)は、仏教で、経典を翻訳した際に、上記の中国の分類を用いて充当したものである。

三品それぞれの名は、中国語では区別しないが、日本語では読みが異なる。仏教では、サンスクリットのVargaを「品」と訳した。なお仏教の「九品」の場合は「くほん」と濁らずに読むが、「上品・下品」などは「じょうぼん・げぼん」と連濁する。

仏教(特に浄土教)では、衆生の機根の違いによって、同じ極楽浄土へ往生するにも、9つのパターンがあると『観無量寿経』に説かれている。またこれを九品往生ともいう。

九品のそれぞれはこれは「○品○生」(○は上・中・下)と言い、「○生」の読みはそれぞれ上生(じょうしょう)、中生(ちゅうしょう)、下生(げしょう)である。

のちに、善導は九品皆凡といい、一切衆生は本質的にみな迷える存在であると捉えた。また上下の差を大乗・小乗の乗教や悪などとの接触による相違に帰するという独自の解釈を唱え、これが法然や親鸞などに大きく影響を与え、また継承された。

[匿名さん]

#482021/06/25 19:53
三品 九品 解説
上品 大乗に値遇するゆえに遇大(ぐうだい)といい、上輩生想(じょうはいしょうそう)と称される。
上品上生 至誠心、深心、廻向発願心の3種の心を発して往生する者。
これには3種類の者がいるという。

慈心をもって殺生を行わず戒律行を具足する者
大乗方等経典を読誦する者
六念処を修行する者
その功徳により阿弥陀如来の浄土に生じることを願えば、1日もしくは7日で往生できるという。この人は勇猛精進をもち、臨終に阿弥陀や諸菩薩の来迎を観じ、金剛台に載り浄土へ往生し、即座に無生法忍を悟るという。

上品中生 大乗方等経典を読誦せずとも、よく大乗第一義の義趣を理解し、心に畏怖驚動ことなく、因果律を深く信じ大乗を誹謗しない者。
その功徳により聖衆の来迎を受け、往生した後に一宿を経て蓮華が開敷し、7日後に無上道を退かず、諸仏の国土へ赴き、1小劫を経て無生法忍を得るという。

上品下生 因果律を信じ大乗を誹謗せず、ただただ無上道心を起す者。
その功徳により廻向して往生を希求し、また往生した後に1日1夜で華が開き、三七(21)日後に耳目が明らかになり、諸仏の国土へ赴き、3小劫の後に歓喜地に往生するという。

中品 小乗に値遇するゆえに遇小(ぐうしょう)といい、中輩生想(ちゅうはいしょうそう)と称される。
中品上生 五戒、八戒など諸々の戒律を具足し尽くして悪業を所作しない者。
往生して蓮華が開敷し、即時に阿羅漢果を得て、三明・六神通・八解脱を得るという。

中品中生 1日1夜に五戒・八戒を具足し、また沙弥戒(年少の僧侶が受ける戒律)や具足戒を持ち、威儀端正にして欠くことが無い者。
往生して蓮華が開敷し、法を聞いて歓喜して須陀洹果を得て、半劫を経て阿羅漢となるという。

中品下生 父母両親に孝行し養い、世間に仁義して慈しみ行う者。
臨終の時に阿弥陀仏の本願や国土の楽を知り、往生した後に勢至菩薩や観世音菩薩から教法を聞いて、1小劫の後に阿羅漢となるという。

[ミルメークン高校]

#492021/06/25 19:54
下品 一生に悪を造作し無間の非法するゆえに遇悪(ぐうあく)といい、下輩生想(げはいしょうそう)と称される。
下品上生 大乗方等経典を誹謗せずとも、多くの悪事を行って恥じ入ることのない者。
臨終の時に大乗十二部経の経題を聞いて、1000劫の極重悪業を除き、また阿弥陀の名号を唱えると50億劫の生死の罪業を滅除し、化仏の来迎を受けて浄土へ往生し、七七(四十九)日を経て蓮華が開敷し、勢至や観音から聞法信解して菩提心を起し、10小劫を経て菩薩の初地に入るという。

下品中生 五戒・八戒・具足戒を犯し、僧祇物(そうぎぶつ)を偸盗し、不浄の説法をして恥じ入ることのない者。
臨終の時に、まさに地獄に堕さんとした時、阿弥陀仏の十力威徳、光明神通、五分法身(ごぶほっしん)を聞いて、80億劫の生死の罪業を滅除し、地獄の火炎が変じて天華となり、観音や勢至の説法を聞き無上道心を起すという。

下品下生 五逆罪・十悪を所作し、不善を行って地獄に堕すべき者。
臨終の時に善知識に遇い、仏の微妙なる法を聞いて、仏を念じようとしても、苦しみに喘ぎ念じることができない、ただただ十念を心から具足して阿弥陀の名号を唱える(称名念仏)と、念々に80億劫の生死の罪業を滅除し、金の蓮華を見て往生することができ、12大劫を経て蓮華が開敷し、観音や勢至の説法を聞いて、無上の菩提心を起すという。

[匿名さん]

#502021/06/25 19:54
冊封使
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冊封使(さくほうし、さっぽうし)とは、中国王朝の皇帝が付庸国の国王に爵号を授けるために派遣する使節をいう。

概要
冊封体制の詳しい内容については冊封を参照。

朝鮮、越南、琉球等の付庸国の国王が新たに即位する際、それを認める勅書等たずさえ、冊封使が派遣され、その国の国王に中国王朝の皇帝から授けられるという形で詔勅、祭文が冊封使から与えられる又は朝貢する際にその勅書を付庸国の使者が受け取ることで中国王朝の皇帝とその国王の君臣関係が成立する。

清国から冊封使の品位は、朝鮮に対しては正三品以上。越南や琉球に対しては正五品以下従七品以上であった。[1]

[匿名さん]

#512021/06/25 19:58
中品中生 1日1夜に五戒・八戒を具足し、また沙弥戒(年少の僧侶が受ける戒律)や具足戒を持ち、威儀端正にして欠くことが無い者。
往生して蓮華が開敷し、法を聞いて歓喜して須陀洹果を得て、半劫を経て阿羅漢となるという。

中品下生 父母両親に孝行し養い、世間に仁義して慈しみ行う者。
臨終の時に阿弥陀仏の本願や国土の楽を知り、往生した後に勢至菩薩や観世音菩薩から教法を聞いて、1小劫の後に阿羅漢となるという。

下品 一生に悪を造作し無間の非法するゆえに遇悪(ぐうあく)といい、下輩生想(げはいしょうそう)と称される。
下品上生 大乗方等経典を誹謗せずとも、多くの悪事を行って恥じ入ることのない者。
臨終の時に大乗十二部経の経題を聞いて、1000劫の極重悪業を除き、また阿弥陀の名号を唱えると50億劫の生死の罪業を滅除し、化仏の来迎を受けて浄土へ往生し、七七(四十九)日を経て蓮華が開敷し、勢至や観音から聞法信解して菩提心を起し、10小劫を経て菩薩の初地に入るという。

コレ仏教ね。見下されてるようで、意外と仏教に合わせタラ阿羅漢以上ってことでしょ?チョウセンでもさ。

[匿名さん]

#522021/06/25 19:59
ギリシア文字
Αα アルファ Νν ニュー
Ββ ベータ Ξξ クシー
Γγ ガンマ Οο オミクロン
Δδ デルタ Ππ パイ
Εε エプシロン Ρρ ロー
Ζζ ゼータ Σσς シグマ
Ηη イータ Ττ タウ
Θθ シータ Υυ ウプシロン
Ιι イオタ Φφ ファイ
Κκ カッパ Χχ カイ
Λλ ラムダ Ψψ プシー
Μμ ミュー Ωω オメガ
使われなくなった文字
Digamma uc lc.svg
(Pamphylian digamma uc lc.svg) ディガンマ San uc lc.svg サン
Heta uc lc.svg ヘータ Sho uc lc.svg ショー
ギリシアの数字
Stigma uc lc.svg スティグマ Sampi uc lc T-shaped.svg
(Sampi uc lc.svg) サンピ
Qoppa uc lc.svg
(Qoppa new uc lc.svg) コッパ

[匿名さん]

#532021/06/25 20:00
スティグマ
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スティグマ(stigma)

シンボル
聖痕 - イエスが磔刑となった際についた傷。
奴隷や犯罪者の徴、烙印、刻印。
Ϛ - ギリシア文字のひとつ。
社会的スティグマ - 否定的な表象、烙印
スティグマ(メンタルヘルス) - メンタルヘルス、精神疾患に対して
スティグマ (ハンセン病) - ハンセン病患者に対して
てんかん患者へのスティグマ
スティグマ(AIDS) - HIV/AIDSに対して
スティグマ(福祉) - 福祉・公的扶助に対して
スティグマ(発達障害) - 発達障害者に対して
作品
stigma (漫画) - 峰倉かずやの漫画。
スティグマ - EMF (バンド)の1992年のアルバム
スティグマ - マインド・アサルトの2008年のアルバム
Stigma - The Seekerの2003年の曲。
stigma - 妖精帝國の2005年のアルバム
その他
スティグマ (アメリカのプロレスラー)
スティグマ (メキシコのプロレスラー)
非点収差(Astigmatism) - レンズの焦点距離が直交する2軸で異なる現象。
関連項目
スティグマータ(曖昧さ回避のページ) - スティグマの複数形。

[匿名さん]

#542021/06/25 20:01
聖痕
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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聖痕を受けるアッシジの聖フランチェスコ(ジョット)
聖痕(せいこん)は、イエス・キリストが磔刑となった際についたとされる傷、また何らかの科学的に説明できない力によって信者らの身体に現れるとされる類似の傷をいう。これらはスティグマータ(ラテン語: stigmata)とも呼ばれ、カトリック教会では奇跡の顕現と見なされている。

新約聖書のガラテヤの信徒への手紙6章17節において、聖パウロは聖痕を「イエスの焼印」と呼んでいる。聖痕は、キリストの受難において釘を打たれた左右の手足と、ロンギヌスの槍によって刺された脇腹の5箇所に現れるとするのが一般的であるが、キリストがかぶせられた荊冠に由来するとされる額の傷や、十字架を背負った際についたとされる背中の傷、血を含んだ涙や汗なども含まれる。

聖痕を得る際には、キリストや聖母マリア、天使の姿を幻視したり、その声を聞いたりするとされる。傷には出血や激しい痛みをともなう。傷口から芳香を発することがある。アッシジのフランチェスコをはじめ、ドミニコ会のシエナのカタリナなど、聖人に列せられた修道士や修道女たちにこのような聖痕が現れた例が伝えられている。2002年に列聖されたカプチン会のピオ神父も聖痕があったことで知られる。

聖痕現象は磔刑がキリストの図像として成立した13世紀から報告されており、とりわけ宗教的な恍惚状態(法悦)にある女性に多く見られる。キリストの受難に対してきわめて強い共感を抱いて自己同一化する精神状態との関連が指摘されている[1]。報告例には、調査の結果、自傷行為による捏造が明らかになったケースもある。

解剖学的な実験では、手のひらに釘を打ったとは考えにくく、手首に打ったとする説が現れた。これにより、今まで手のひらに多かった聖痕が、手首に多く現れることが報告されている。脳の思い込みが人体に影響するという解釈も存在している(「非科学的超常現象を解明せよ!」聖痕)。

[匿名さん]

#552021/06/25 20:02
社会的スティグマ(Social stigma)とは、一般と異なるとされる事から差別や偏見の対象として使われる属性、及びにそれに伴う負のイメージの事を指す。社会的スティグマは特定の文化、人種、ジェンダー、知能、健康、障害、社会階級、また生活様式などと関連する事が多い。


目次
1 概要
1.1 語源
2 社会的スティグマの事例
2.1 精神障害
2.2 ハンセン病
2.3 HIV陽性者・AIDS発症者に対するスティグマ
2.4 新型コロナウイルス感染症 (COVID-19) に伴うスティグマ
2.4.1 日本における「夜の街」のスティグマ化
3 脚注
4 関連項目
5 外部リンク

[ストロング0%]

#562021/06/25 20:03
概要
社会的スティグマの研究に努めたアーヴィング・ゴッフマンによると、スティグマとは、ある特性が恥ずべき特性だという事をもとに、個人が社会の一員として受けるべき尊敬が否定され、その社会から受け入れない状態のことをという。それには、(1)身体的変形、(2)精神異常、投獄、麻薬常用、アル中、同性愛、失業、自殺企画、過激な政治運動などから推測される性格の異常、(3)民族、国家、社会の階級、宗教などにの特性がある[1]。日本では大谷藤郎の「現代のスティグマ、ハンセン病・精神病・エイズ・難病の艱難」で知られるようになったが、ハンセン病に関しては古くは鶴崎澄則が記載している。

スティグマは必ずしも個人の属性を正確に捉えるわけではなく、誤った知識によりレッテルが張られることもある[2] 。例えば、アメリカにおいてイスラモフォビアと、それに伴う差別の悪化により、他教徒であるシーク教がスティグマ化され迫害されている[3]。スティグマ化された集団の印象はステレオタイプとして拡大解釈され、その集団に属する個人の性質に忠実かどうかに関わらず、先入観を持って接せられる。研究によると、「殆どの子供は10歳になる頃には社会に存在する文化的ステレオタイプを認識し、その中でもスティグマ化された文化に属す子供は更に幼い年齢からその影響を認識している」と報告された [4]。

スティグマを科されたことにより個人の行動や態度、また感情や思想にも影響が出る事が報告されている[5] 。研究によると、スティグマを科された人は、社会がそのスティグマから期待するような行動や態度に自ら合わせる傾向があるという[6]。スティグマは偏見や差別を引き起こす事から、躁鬱などの精神障害の原因となり得ることも報告されている[6] 。また、自尊心を低下させるなど、スティグマは個人のアイデンティティに大きく影響をもたらす。差別や偏見に対する恐れから、スティグマ化された自身のアイデンティティを隠したり、消そうとする事により差別が内面化される事もある。このようなスティグマとアイデンティティの関連性は社会学のラベリング理論と関連して広く研究されている。

[匿名さん]

#572021/06/25 20:04
語源
スティグマの語源はギリシア語で奴隷、犯罪者、反逆者などにつけられる烙印の事を指す。烙印を押された人が反道徳的であったり、穢れているという事を明確にする事を目的として押され、烙印を押された人との交流は避けるべきだという社会規範が背景にはあった [7]。のちにカトリック教会では、十字架上で死んだキリストの五つの傷と同じものが聖人=カリスマにあらわれるということから、「聖痕」の意味に転化した。このような由来をもつため西欧では日常語として使われている。とくに社会学用語としてはアーヴィング・ゴッフマンが使ったことで一般的となった。

[キヨハラサン]

#582021/06/25 20:09
シヴ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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スウェーデンで刊行された『エッダ』の挿絵に描かれたシヴ。
シヴ[1](古ノルド語: Sif, シフ[2]とも)とは、北欧神話に登場する女神である。アース神族に属している。


目次
1 解説
2 脚注
3 参考文献
3.1 原典資料
3.2 二次資料
解説
『古エッダ』の「ロキの口論」の序文によるとトールの妻[3]で、『スノッリのエッダ』第一部『ギュルヴィたぶらかし』第31章によるとウルの実の母[4]である。


John Charles Dollmanが描いたシヴ。遠景に、彼女の金髪を狙うロキが描かれている。
『スノッリのエッダ』第二部『詩語法』によると、美しい金髪を自慢にしていたが、ロキに悪戯で刈り取られてしまう。その後、ドヴェルグ族の「イーヴァルディの子ら」に、それを被ると頭にくっついて本物の髪の毛になってしまうという黄金製のかつらを作ってもらった。この出来事によって、スカルド詩などで黄金に対して用いるケニング「シヴの髪」が生まれたという[5]。

また『詩語法』では、「トールの妻」「ウルの母」「美髪の女神」などの他、「ヤールンサクサのライバル」というケニングも紹介している[6]。

古い記述が少ないため何の女神かはよくわかっていない。金髪を刈り取られる説話は、穀物を収穫した後の冬の畑の情景を表現しているとも考えられている[7]。

[匿名さん]

#592023/09/16 13:45
スレ主👴
どうしてこうなったか遠くであって説明したいと言いましたよね。

[匿名さん]

#602023/09/16 15:27
>>59
巻のインターに来れるかといわれました。。

[匿名さん]

#612023/09/18 06:34
>>25
なんで老朽化した市役所だけを残すのか疑問だよな
解体すると困る物でも埋まってるのかね?

[匿名さん]

#622023/10/08 12:01
それだ!

[匿名さん]

#632023/10/12 14:27最新レス
試験前になるとJKが多くなるから好きだ。

[匿名さん]


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