>>233
神学的にいうと聖書解釈においていろいろな立場があります。
特に旧約聖書をどのように適用するかという議論です。
①旧約聖書にはその文字通り単一の意味しかないとする立場
②旧約 聖書 の著者が込めた文字の裏にいろいろな意味がある。神様が込められた意味がある とする立場
③当時のユダヤ教の意味を基準に解釈すべきとする立場
④旧約・新約全体を聖典として解釈すべきとする立場
⑤文字に関係なく読む者の霊感によって解釈すべきとする立場
⑥新約聖書によって旧約聖書を再解釈すべきとする立場
保守的な牧師は、聖書の権威を信じ、聖書の字義通りの解釈をする人が多いといえます。①と言っていいと思います。
教会が告白する信条がホームページでも書かれてありますよね。
清野氏の立場は上のリストだと⑤とか⑥の立場だと思われます。⑥に近いですかね。
異端とはいえませんが、⑥の危険性としては
○霊的解釈や比喩的解釈が多く、客観性がなくなる。(文脈に関係なくいろいろな聖書箇所を引用し、自分勝手に解釈をすることができる)
○聖書の権威を破壊することにつながる。(解釈する牧師が最終的な権威になってしまう)
○信者が聖書そのものを読まなくなり、解釈する牧師の書き物に依存することとなる。
清野氏の聖書解釈やサレプタミニストリーを聞いている方は「今までこんなメッセージ聞いたことがない」とか「目からウロコが落ちる」と言われる方が多いのではないかと思います。