爆サイ.com 甲信越版

📊 政治・経済ニュース


No.6057178
#139
妓生(キーセン)

妓生は諸外国からの使者や高官の歓待や宮中内の宴会などで楽技を披露したり、性的奉仕などをするために準備された奴婢の身分の女性。

高麗から李氏朝鮮末期まで約1000年間、
常に2万〜3万名の妓生がおり、李朝時代には官婢として各県ごとに10〜20名、郡に30〜40名、府に70〜80名ほどが常時置かれていたそうです。

李氏朝鮮政府は妓生庁を設置し、
またソウルと平壌に妓生学校を設立し、15歳〜20歳の女子に妓生の育成を行いました。

李氏朝鮮が清と結んだ降伏条約により、清の使者を歓待する妓生は処女以外認められず、違反が発見されれば使者は罰則を言い渡す権利を持っていました。
使者は妓生を母国に持ち帰ることもできたそうです。
李氏朝鮮では厳格な儒教思想で、処女ではない女性の結婚は非常に困難でした。
幸運にも妾として迎え入れられる場合もあったものの、妓生になった場合、他の身分になることは困難であったそうです。
帰宅した場合、家族が一族の名誉のために女性を殺害していたそうです。

初潮前の少女を妓生とすることも多かったが、
日韓併合後に、日本が少女を妓生とすることを禁止しました。
大韓帝国の時代までこの風習は続きましたが、日韓併合後には日本によって日本の公娼制度に組み入れられました。

日韓併合まで続いた妓生制度。


[ 匿名さん ]
TOP

本サイトに掲載されている記事の著作権は提供元企業等に帰属します。