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2020/06/01 21:02
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神道・仏教





NO.4764359

新潟市 浄土真宗
最近、葬式があって葬式上げるのにすごい金額がかかった。日本の浄土真宗てなんでこんなに金がかかるか不思議で仕方ない。皆さんはどう思いますか?
報告閲覧数93レス数52

#32016/05/31 19:57
>>1 坊主の数とか経を読むだけで多額な金が要る。葬式に葬儀屋は関係ないな

[匿名さん]

#42016/05/31 20:02
浄土宗 浄土真宗 禅宗は金掛かる。

[匿名さん]

#52016/05/31 20:03
で日蓮に頼めっていう釣りスレかい?

[匿名さん]

#62016/05/31 20:04
日蓮系は宗教勧誘されて挙句、多額の寄付で金を吸い上げられるw

[匿名さん]

#72016/05/31 20:06
のりお

ほーほけきょ

[匿名さん]

#82016/05/31 21:15
のりおって何?

[匿名さん]

#92016/05/31 21:20
>>5スレ主だが、そうとは言ってない。ただ葬式にはとんでもない金額がかかったから納得いかない。坊主にも金やって飯とお土産もだして金ばかり使ってシャレにならない。

[匿名さん]

#102016/05/31 22:06
禅宗が一番たかいわ

[匿名さん]

#112016/05/31 23:09
>>9
寺でなく葬儀屋を恨め

[匿名さん]

#122016/05/31 23:58
浄土真宗は金かからないよ

[匿名さん]

#132016/06/01 02:51
うちも浄土真宗だけど、葬儀の時に坊さん3人来て金掛かったよ。

[匿名さん]

#142016/06/01 04:17
創価学会の葬儀は坊主呼ばないから金掛からない
香典だけでトントンまたはプラスになることもある

[匿名さん]

#152016/06/01 04:33
キリスト教なら、安いのかな?

[匿名さん]

#162016/06/01 07:00
>>14
葬儀以外で金かかってるから結局損

[匿名さん]

#172016/06/01 07:38
損得ではないのだよ

[匿名さん]

#182016/06/01 07:41
曹洞宗の方がかかるらしいよ

[匿名さん]

#192016/06/01 07:55
その住職にもよるんじゃないの?
うちも浄土真宗だけどそんなに掛からなかったよ
浄土真宗は一般的にはうるさい事はあまり言わない宗教だよね
決まり事みたいなのもあんまりないし

[匿名さん]

#202016/06/01 13:37
>>13
お宅が良家か又は、その寺と相当古い付き合いがあるかのどっちかだろ

[匿名さん]

#212016/06/01 13:50
お坊さん葬儀の時三人来るでしょ、1人なん?お布施はお気持ちでって言うけど!其なりに出さないとだよね。

[匿名]

#222016/06/01 14:18
それ前寺とか脇寺とかも連れてくるからだろ?
住職1人ならそんなにかからんよ
ちなみに真宗ではお布施は住職でなく阿弥陀仏本尊へだから「御仏前」と書くのが正しい

[匿名さん]

#232016/06/01 14:46
頼んでもないよ?勝手に連れてきてお布施出せって言われても(‾〜‾;)

[匿名]

#242016/06/01 15:51
親鸞聖人のお導きを…

[匿名さん]

#252016/06/01 15:54
生臭坊主

[匿名]

#262016/06/01 19:36
公明党や禅宗よりは安いと思うけど

[匿名さん]

#27
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#28
この投稿は削除されました

#292019/10/12 02:26
坊主丸儲けとはよく言ったもんだw

[匿名さん]

#302019/10/12 03:16
チーン💡

[匿名さん]

#312020/05/30 21:37
さんじゅじょうかい/三聚浄戒
菩薩が受持しなければならない三種類の浄らかな戒のことで、摂律儀しょうりつぎ戒、摂善法しょうぜんぼう戒、摂衆生せつしゅじょう戒(饒益有情にょうやくうじょう戒ともいう)をいう。摂律儀戒は不殺生などの戒法を守ること、摂善法戒は悟りへむけて六波羅蜜などの善法を実践すること、摂衆生戒は利他行を実践することである。

その先駆は『十地経』が説く第二の離垢地に求められる。そこでは戒波羅蜜を重んじて実践することを説き、具体的な内容は十善業道である。これは華厳系の経典に広説されるが、これをふまえて世親の『十地経論』四では、十善業道を基軸にした離戒浄・摂善法戒浄・利益衆生戒浄の三種戒を説く(正蔵二六・一四五下)。三聚浄戒は本来、菩薩の実践徳目である六波羅蜜の中の戒波羅蜜の内容を三種に分類したものである。六波羅蜜のそれぞれを三分して説くのは『解深げじん密経』四「地波羅蜜多品」(正蔵一六・七〇五下)に見られ、戒波羅蜜は転捨不善戒・転生善戒・転生饒益有情戒の三種として説かれ、三聚浄戒の基本になる。これは『菩薩地持経』四「戒品」(正蔵三〇・九一〇下)、『瑜伽ゆが論』四〇「菩薩地戒品」(正蔵三〇・五一一上〜下)、『摂大乗論』下「増上戒分」(正蔵三一・一四六中)、『大乗荘厳経論』七「度摂品」(正蔵三一・六三〇下)等に説かれるが、三聚の内容を詳説するのは『瑜伽論』であり、これによると以下のように三聚についてまとめられる。

[匿名さん]

#322020/05/30 21:38
①律儀戒(Ⓢsaṃvaraśīlaṃ)は七衆(比丘びく、比丘尼びくに、沙弥しゃみ、沙弥尼しゃみに、式叉摩那しきしゃまな、優婆塞うばそく、優婆夷うばい)の別解脱律儀(Ⓢprātimokṣasaṃvara)とされ、出家の菩薩にとっては具足戒であり、在家の菩薩にとっては五戒である。②摂善法戒(Ⓢkuśla-dharma-saṃgrāhakaṃ śīlaṃ)は、無上正等菩提を証するために身口意の三業によって六波羅蜜等のあらゆる善法を積集すること。③饒益有情戒(Ⓢsattvārtha-kriyā-śīlaṃⓈsattvānugr
57;hakaṃśīlaṃ
)は、衆生を利益するすべての行為であり、病気、水難、火難等の苦や生活苦の救済、ないしは仏教の教化活動等で、一一種が説かれる。この三聚浄戒の特色は、律儀戒のみが菩薩戒なのではなく、すべての仏道(善法)の実践と利他行のすべてを菩薩の戒波羅蜜の内容としてとらえることである。また同時に出家と在家の両方の菩薩に適用される戒である。ただし『瑜伽論』には種姓(Ⓢgotra)論が根底にあり、三聚浄戒の受持も菩薩としての種姓を有するものに限られる。

[匿名さん]

#332020/05/30 21:39
次に中国、日本の仏教に大きな影響を与えたのは『菩薩瓔珞ようらく経』の三聚浄戒である。本経の「大衆受学品」(正蔵二四・一〇二〇下)に摂律儀戒は十波羅夷はらい、摂善法戒は八万四千の法門、摂衆生戒は慈・悲・喜・捨によって一切衆生を安楽にすることと説かれる。この中、摂律儀戒の十波羅夷とは十無尽戒ともいい、その内容は『梵網経』が説く在家出家に共通する菩薩の十重戒と同じである。文献学上は『菩薩瓔珞経』と『梵網経』は中国撰述の経典であるが、インドの『瑜伽論』の三聚浄戒との大きな相違は摂律儀戒の内容である。『瑜伽論』では出家と在家を区別して、出家の菩薩が受ける摂律儀戒は初期仏教以来の具足戒であるが、『菩薩瓔珞経』ではこれを排して在家出家に共通する菩薩戒とする。なお摂衆生戒を饒益有情戒とも称すのは玄奘訳の『瑜伽論』の影響である。中国天台では、『法華経』を大乗仏教の最高の教え(円教)と位置づけ、その教えを円満に頓足に悟る菩薩戒が『梵網経』所説の円頓戒であって、その円頓戒は『菩薩瓔珞経』の三聚浄戒に組みこんで授戒する。最澄はこれを日本の比叡山に伝え、法然も相伝している。

【参考】平川彰『浄土思想と大乗戒』(『平川彰著作集』七、春秋社、一九九〇)、恵谷隆戒『円頓戒概説』(浄土宗、一九六五)

【参照項目】➡十重四十八軽戒、円頓戒、大乗戒、梵網経

【執筆者:小澤憲珠】

[匿名さん]

#342020/05/30 21:39
菩薩戒
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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菩薩戒(ぼさつかい、梵: bodhisattva-śīla、梵: bodhisattva-saṃvara)は、仏教の菩薩が受けて保つべき戒[1]。菩薩を特色づける戒[2]。大乗戒や仏性戒ともいう[1][2]。


目次
1 概説
2 脚注
3 参考文献
4 関連項目
概説
菩薩戒は、在家にも出家にもありうるものである[2]。僧伽の構成員を形成する七衆を特色づける戒が七衆戒と総称され律蔵の文献で説かれるのに対し、菩薩の特徴となる戒が菩薩戒と総称され、一般的には経蔵の文献で説かれる[2]。

菩薩戒の典型と考えられているのは瑜伽師地論の三聚浄戒であり、中国で成立した菩薩戒の代表に梵網戒がある[2]。

具体的に遵守すべき戒条は学処(がくしょ)と呼ばれる[2]。瑜伽師地論では四重四十三軽戒が、梵網経では十重四十八軽戒が学処として定められた[2]。

菩薩戒は菩提心や仏性に基づくものとされ、形式よりも動機や心を重視する傾向がある[2]。

[匿名さん]

#352020/05/31 20:06
浄土真宗親鸞会(じょうどしんしゅうしんらんかい)は、1958年(昭和33年)に発足した、仏教系新宗教のひとつ。親鸞会は新宗教と呼ばれるのを好まず、自らを、浄土真宗の宗派の一つであると主張し、今日の本願寺は親鸞の教えから逸脱していると批判している。一方、伝統的な浄土真宗系各宗派は教義の解釈の違いから、親鸞会を異端とみている。主として、組織的に偽装した布教方法を批判されることがあり、カルト教団であると批判的に議論されることがある。

元浄土真宗本願寺派僧侶である高森顕徹が設立し、代表を務める。本部を富山県射水市(旧射水郡小杉町)に置く。関連会社として1万年堂出版、チューリップ企画などがある。機関紙は「顕正新聞」(日蓮系団体冨士大石寺顕正会の発行する同名の新聞とは無関係。親鸞会は日蓮及び日蓮宗系諸団体を批判している)。同会の会員数は約5万人[1](1980年(昭和55年))とも約10万人[2](1997年(平成9年))という報道もある。


目次
1 目的
2 教義
2.1 弥陀の本願について
2.2 信心決定したらどうなるか
2.3 信心決定するまで
2.4 阿弥陀仏について
3 布教
4 布施
5 歴史
6 浄土真宗親鸞会を取り上げたメディア
7 宗教番組
7.1 ネット局
8 評価
9 脚注
10 参考文献
11 関連項目
12 外部リンク
目的
「宗祖親鸞聖人の正しい教えを広めることを唯一の目的として、親鸞、覚如、蓮如の文を根拠にして、それを忠実に解説する」という趣旨の法話会を各地で行っている。会では他の真宗宗派、とりわけ浄土真宗本願寺派(西本願寺)や真宗大谷派(東本願寺)との教義上の差異を主張しており、本願寺の教えは善の勧めがない教え、後生の一大事を否定した教えだと批判している。

伝統的な浄土真宗各派は親鸞会の教義を異端としている。

[匿名さん]

#362020/05/31 20:07
教義
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この節には複数の問題があります。改善やノートページでの議論にご協力ください。

広告・宣伝活動的であり、中立的な観点で書き直す必要があります。(2015年9月)
あまり重要でない事項が過剰に含まれているおそれがあり、整理が求められています。(2013年8月)
弥陀の本願について
阿弥陀仏の本願
親鸞 「如来世に興出したもう所以は唯弥陀の本願海を説かんとなり」(正信偈)
釈迦や親鸞が教えたのは「阿弥陀仏の本願」ただ一つであるとし、阿弥陀仏の本願を説く法話を聞くことを親鸞会では最重要視している。
特に本願文を「すべての人を絶対の幸福に救い摂る」ことと現代語で説明していることが大きな特徴である。
十劫安心は異義であることの指摘(何もしなくても誰でも極楽に往生できるという考えは間違いであると説く)
蓮如 「この信心を獲得せずば、極楽には往生せず」(御文章2帖目2通)
称名正因は異義であることの指摘(念仏さえ称えたら誰でも死んだら極楽という考えは間違いであると説く)
蓮如 「世間にいま流布して、むねと勧むるところの念仏と申すは、ただ何の分別もなく、南無阿弥陀仏とばかり称うれば、皆助かるべ きように思えり。それはおおきに覚束なきことなり。」(御文章3帖目5通)
信心正因・称名報恩(信心が往生極楽の正しい因であり、念仏はそのお礼であると説く)
蓮如 「この信心を得たる人は、十人は十人ながら百人は百人ながら『今度の往生は一定なり』と心得べきものなり。(乃至)そのありがたさのあまり念仏を申して、弥陀如来のわれらを助けたまう御恩を報じたてまつるべきなり。」(御文章1帖目10通)
広く知られる「誰でも念仏さえ称えれば救われる」という教えは誤っているとして、今生において「他力信心」を獲ることが重要であり、念仏は救われた御恩に報いるお礼として称えるものであると説く。
他力信心を獲ることを信心決定(しんじんけつじょう)とも信心獲得(しんじんぎゃくとく)とも言う。

[匿名さん]

#372020/05/31 20:08
信心決定したらどうなるか
信心決定・信心獲得(浄土真宗の正しい信心が定まったこと・弥陀から正しい信心を頂いたこと)
蓮如 「一向一心になりて信心決定の上に、仏恩報尽の為に念仏申すこころは、おおきに格別なり。かるがゆえに、身の置きどころもなく、おどり上がるほどに思うあいだ、よろこびは身にも嬉しさが余りぬると言えるこころなり。」(御文章1帖目1通)
蓮如の御文章では信心決定・信心獲得が多数出てくる。信心決定・信心獲得すれば、必ずその自覚がある。はっきりとした自覚がなければ、まだ信心決定・信心獲得していないと説明する。
現生正定聚(この世で正定聚不退転となること)
蓮如 「ただ一念帰命の他力の信心を決定せしむる時は、さらに男女・老若をえらばざるものなり。されば、この信を獲たる位を『経』には『即ち往生を得て不退転に住す』と説き、『釈』には『一念に発起し正定之聚に入る』とも言えり。是れ即ち不来迎の談・平生業成の義なり。」(御文章1帖目2通)
信心決定・信心獲得すれば、正定聚になる。正定聚とは、いつ死んでも極楽に往生することが正しく定まった人々のことである。この身になったことを親鸞は「無碍の一道」・「摂取不捨の利益」(歎異抄)と述べており、「無碍の一道」・「摂取不捨の利益」を「絶対の幸福」と解説している。
平生業成(平生に往生の業事が成弁すること)
蓮如 「親鸞聖人の一流においては、平生業成の儀にして」(御文章1帖目4通)
平生とは生きているこの世のこと。往生の業事とは後生の一大事を解決していつ死んでも極楽に往生することが正しく定まること。成弁とは完成することと説明する。生きている時、阿弥陀仏に助けられるということ。
現当二益(弥陀の本願の救いは平生は正定聚となり、死後は極楽往生するということで、2度ある)
親鸞 「信心の定まると申すは、摂取に与る時にて候なり。その後は正定聚の位にて、まことに浄土へ生るるまでは候べし」(末灯鈔)
阿弥陀仏の本願は現在世(この世)と未来世(死後)の2度の救いがあると説く。この世で正定聚となり無碍の一道・摂取不捨の利益に生かされ、死後は極楽に往って仏に生まれると教える。

[匿名さん]

#382020/05/31 20:08
真実の自己
親鸞 「一切の群生海、無始よりこのかた乃至今日今時に至るまで、穢悪汚染にして清浄の心なし、虚仮諂偽にして真実の心なし。」(教行信証)
法律や倫理・道徳を基準にすれば、この世には善人と悪人がいるが、どんな小さな悪も見逃さない仏の眼から見れば、すべての人は罪悪深重の極悪人である。そのため後生(死後)は一大事だと説く。
後生の一大事(必堕無間)
親鸞 「この逆(五逆罪)を犯す者は、身やぶれ命終えて、必定して無間地獄に堕し」(教行信証)
仏教を求める目的は、後生の一大事(死ねば必ず無間地獄へ堕ちるという一大事)の解決一つと教えている。平生に信心決定した人は極楽に往生するが、信心決定していない人は無間地獄に堕ちると説く。これを「一切衆生、必堕無間」と親鸞会では教えられているが、経典にこのような言葉はない。[3]
人生の目的
親鸞 「生死の苦海ほとりなし 久しく沈めるわれらをば 弥陀弘誓の船のみぞ 乗せてかならずわたしける」(高僧和讃)
全ての人にとって最も大事なことが人生の目的であり、人生の目的は後生の一大事を解決して無碍の一道・摂取不捨の利益・絶対の幸福に生かされることだと説く。

信心決定するまで
宿善
蓮如 「まことに宿善開発の機は自ら信を決定すべし」(御文章3帖目12通)
信心決定・信心獲得するには宿善が大切であると説き、真剣な聴聞・朝夕の勤行・諸善の実践が宿善になると、大いに勧められている。また、信心決定・信心獲得のことを宿善開発(しゅくぜんかいほつ)とも言う。
真剣な聴聞の勧め
釈迦 「聞其名号 信心歓喜」(本願成就文)聞即信であるから聞法が最も勧められる
親鸞 「たとい大千世界に みてらん火をもすぎゆきて 仏の御名をきくひとは ながく不退にかなうなり」(浄土和讃)
信心決定・信心獲得するには真剣な聴聞が最も大事だと説く。親鸞の正しい教えを聞くため、善知識から教えを聞くことが強く勧められる。
高森顕徹の御法話には少なくとも数千人が参詣する、アメリカやブラジル、韓国、台湾から数百人が参詣することもある(2010年(平成22年)現在)。
座談会はインターネット回線により発信され、海外でもリアルタイムで聴聞し質問することが出来る(2011年(平成23年)現在)。

[匿名さん]

#392020/05/31 20:09
善知識
仏教を正しく説く先生を善知識と仏教で言われる。
浄土真宗の歴史上では親鸞・覚如・蓮如が善知識であるとし、現代では会長の高森顕徹を「唯一無二の善知識」と位置づけていたが、最近はそれが明文化されることはない。
親鸞学徒
親鸞会の会員は自称を「会員」とは呼ばず「親鸞学徒」と称する。[4]。
親鸞の言葉「更に親鸞珍らしき法をも弘めず、如来の教法を、われも信じ人にも教え聞かしむるばかりなり」を元に、「我ら親鸞学徒は、更に珍らしき法をも弘めず。親鸞聖人のみ教えを、我も信じ、人にも教え聞かしむるばかりなり」を「親鸞学徒常訓」として[5]、親鸞の教えに忠実であり、親鸞会独自の考えや思想は全くないという立場を主張している。
善の勧め
親鸞 「諸善万行ことごとく 至心発願せるゆえに 往生浄土の方便の 善とならぬはなかりけり」(浄土和讃)
人間のする善は雑毒の善ではあるが、宿善になるため、大いに求めるべきだと説く。
「弥陀に救い摂られるには、雑行を投げ捨てよ」とする親鸞、蓮如の言葉の解釈をめぐり、東西本願寺をはじめとする真宗諸派の教学解釈と異なる部分があり、異端と見なす人もある。
親鸞会は「過去世に仏縁薄き者、宿善浅きものは、現世に於て宿善は求められねばならない。でなければ、宿善開発の時節到来ということはあり得ない。」[6]と説くが、浄土真宗本願寺派の灘本愛慈は「当流では他力の信心を獲るために、まず自力諸善を積まねばならないなどという説示はない」[7]と親鸞会の主張に反論している。

[匿名さん]

#402020/05/31 20:09
阿弥陀仏について
本師本仏(阿弥陀仏がすべての仏の師匠であり根本の仏であること)
釈迦 「阿弥陀仏の光明は(乃至)諸仏の中の王なり、光明の中の極尊なり、光明の中の最明無極なり」(大阿弥陀経)
蓮如 「ここに弥陀如来と申すは、三世十方の諸仏の本師本仏なれば、(乃至)この如来を一筋にたのみたてまつらずば、末代の凡夫、極楽に往生する道、二も三も、有るべからざるものなり。」(御文章2帖目8通)
本尊
釈迦 「其の名号を聞きて、信心歓喜せんこと乃至一念せん」(大無量寿経)
蓮如 「他流には『名号よりは絵像、絵像よりは木像』というなり。当流には『木像よりは絵像、絵像よりは名号』というなり」(御一代記聞書)
親鸞親筆の「南無阿弥陀仏」の名号本尊である。寺院で広く見られる木像本尊や絵像は一切用いていない。
阿弥陀仏の本願成就文の「聞其名号」を根拠とし、特に親鸞が生涯名号を本尊としたこと、蓮如の「当流には木像よりは絵像、絵像よりは名号」の言葉に従うものと説明している。この件について本願寺派の山田行雄は「ただ明確にいえることは、宗祖が安置された礼拝の対象としての本尊は名号本尊であり、門弟に下附された本尊も現存の資料からでは、やはり名号本尊であったことは確かである」と述べている。[8]
また親鸞会では本尊は会から「貸与」されるもので、おろそかに扱われることを防ぐため会員が亡くなった時や退会の際は会に返却しなければならない。
一向専念無量寿仏(無量寿仏(阿弥陀仏の別名)に一つに向き専ら念ずること)
蓮如 「あながちに我が流を一向宗となのることは別して祖師も定められず。おおよそ阿弥陀仏を一向にたのむによりて、皆人の申しなす故なり。しかりと雖も、経文に『一向専念無量寿仏』と説きたまう故に、一向に無量寿仏を念ぜよといえる意なるときは、一向宗と申したるも子細なし。さりながら、開山はこの宗をば浄土真宗とこそ定めたまえり。」(御文章1帖目15通)

[匿名さん]

#412020/05/31 20:10
布教
日本全国各地で、大学新入生や、高齢者、在日外国人などを対象に、組織的に正体を隠した、いわゆる「偽装勧誘」を行っている。このため、カルト問題と関連付けて議論されることがある。「被害者家族の会」が存在する。

その手口は極めて巧妙である。その概要は、おおむね下記のとおり。

大学の空き教室を勝手に使用し、大学と関係のある勉強会のように見せかけて勧誘を行う。

大学新入生のアパート・マンションを、主として複数人で訪問し、「大学から、あなたの面倒をみるように頼まれて来ました。」等と偽り、接近する。大学がこのような目的で、学生の居所などの個人情報を開示することはない。

なお、この数年来、日本全国各大学では、これらの勧誘方法によって、主として新入生が偽装勧誘の被害に遭わないよう、警告ポスターが掲示される、新入学時に予防啓発DVDが上映されるなどの、防衛手段が取られてきている。

日本全国や日本国外で積極的な布教活動を展開して、その会員はあらゆる年齢層・地域・職業に広がっており、伝統教団の苦手とする若年層の会員の獲得にも成功している。

また、関連会社であるチューリップ企画が製作した親鸞のアニメビデオ『世界の光 親鸞聖人』を訪問販売する活動があった。

現在は各地でアニメ講師が上映会を行っている。近年、日本各地に会館が建設されたり、アニメ映画「なぜ生きる」(主演:里見浩太朗)、「歎異抄をひらく」(主演:石坂浩二)などを上映している。

布施
親鸞会で会費は、本人の希望によって、12通りから選ぶことができる。いつでも変更は自由である。財施は、新しい会館の建設、会館にかかげる絵画などの際に必要に応じて呼びかけられる。

[匿名さん]

#422020/05/31 20:10
歴史
1952年(昭和27年) - 高森顕徹を会長とし、68名の会員を集めて「徹信会」を発足。
1957年(昭和32年) - 富山県高岡市前田町に徹信会館(24畳)を建設。
1958年(昭和33年) - 宗教法人格を取得し、浄土真宗親鸞会と改称。
1974年(昭和49年) - 高岡市芳野へ本部を移転(100畳)。
1979年(昭和54年) - 浄土真宗本願寺派の紅楳英顕が論文「現代における異義の研究 ─高森親鸞会の主張とその問題点」を発表。親鸞会はこれに反発し、再三にわたり質問状を送り、本願寺派に対する批判キャンペーンが展開される。
1984年(昭和59年) - 上記に関し、紅楳側が誠意を持って答えていないとして、親鸞会会員約1,500人が西本願寺の御影堂に座り込み抗議を行う。
以後、西本願寺の駐車場は、指定旅行業者のバスのみ駐車可能となった。

1988年(昭和63年) - 富山市に隣接する射水郡小杉町に本部を移転。親鸞会館(現本館・520畳)となり、支部は全国及び南米・北米・台湾・韓国に及ぶ。
1992年(平成4年) - 既存の親鸞会館本館の収容能力不足から、隣接地に顕真会館を建設。
2004年(平成16年) - 参詣者で溢れるため、親鸞会館本館の隣接地に2,000畳の講堂を持つ正本堂を建設。
2013年 (平成25年) - 札幌市厚別区に北海道会館が開館。
浄土真宗親鸞会を取り上げたメディア
北國新聞編集局『真宗王国と新宗教「蓮如さん今を歩む」』 [1]
『岩波講座日本通史』第21巻、小沢浩のレポート
「蓮如」 マイナー・T・ロジャース アン・T・ロジャース 共著 [2]
富山新聞 平成9年10月28日号 掲載記事 「神よ仏よ」 信仰厚き北陸路を行く [3]
『宗教問題15:親鸞会とは何か』、合同会社宗教問題、2016年8月 ISBN 978-4990852641

[匿名さん]

#432020/05/31 20:11
宗教番組
2016年10月から日本全国のラジオ局で「浄土真宗親鸞会の時間」を放送している。ただし内容はラジオ朗読版「なぜ生きる」の焼き直しである。

ネット局
東北放送…毎週日曜日 5時30分 - 5時45分
山形放送…毎週土曜日 5時15分 - 5時30分
新潟放送…毎週日曜日 5時30分 - 5時45分
文化放送…毎週日曜日 5時05分 - 5時20分
静岡放送…毎週土曜日 5時00分 - 5時15分
東海ラジオ…毎週土曜日 5時00分 - 5時15分
ラジオ大阪…毎週日曜日 6時15分 - 6時30分
中国放送…毎週日曜日 5時15分 - 5時30分
山陽放送…毎週日曜日 7時15分 - 7時30分
九州朝日放送…毎週日曜日 5時20分 - 5時35分
評価
井上順孝は一般的な新宗教と比べ、伝統宗教と教義面での違いが少なく、教団改革運動ないし再生運動的な性格を持っているとしている[9]。

脚注
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^ 「親鸞会は(乃至)会員約五万人」読売新聞 1980年5月28日
^ 「現在の会員数は約10万人で」小沢浩「新宗教の風土」
^ 「経典に釈尊は、「一切衆生、必堕無間」とこれを説かれています。これは、総ての人間は必ず無間地獄へ堕ちて苦しむということです。」高森『こんなことが知りたい1』1969年
^ “親鸞学徒とは?”. 2010年1月18日閲覧。
^ “浄土真宗親鸞会結成50年の軌跡”. 浄土真宗親鸞会. 2010年1月18日閲覧。
^ 高森顕徹『本願寺なぜ答えぬ』親鸞会1984年
^ 現代の教学問題・派外からの論議について1982年
^ 「真宗の本尊について」伝道院紀要19号1977年
^ 井上順孝『人はなぜ新宗教に魅かれるのか』三笠書房(2009)p210

[匿名さん]

#442020/05/31 20:22
阿弥陀如来(あみだにょらい)は、大乗仏教の如来の一つである。梵名はアミターバ(अमिताभ, Amitābha)、あるいはアミターユス (अमितायुस्, Amitāyus)といい、それを阿弥陀と音写する。阿弥陀仏(阿弥陀佛)ともいい、また略して弥陀仏ともいう。

梵名のアミターバは「量(はかり)しれない光を持つ者」[1]、アミターユスは「量りしれない寿命を持つ者」[1]の意味で[2]、これを漢訳して・無量光仏、無量寿仏ともいう。西方にある極楽浄土という仏国土(浄土)を持ち(東方は薬師如来)、五智如来において西方に位置する観自在王如来と同一視するが、真言宗では阿弥陀が法蔵菩薩であったときに師事した仏として、別尊とする。

MID ATLANTIC AIR APRIL ACCESS AMERICA 「AUTUMN FESTIVAL」 あぱれる AFTERNOON


Mid-Atlanticとは
意味・読み方・使い方

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主な意味
英国風と米国風が混じり合った
mid-airとは
意味・読み方・使い方

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空中
mid-aprilとは
意味・読み方・使い方

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四月中旬
mid-afternoonとは
意味・読み方・使い方

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午後の中ごろ
ミダってなると アトランティックとアフターヌーンだけど午後にアメリカとイギリスがなんかしてたら危なそうってことなのかね。
うーんと鸞テぃック このままいくのか?四神に行きそうだよね。あ!やめとこ。TRAM トロッコ売掛
いやなやつかちかち
なになしなんだろ?

[匿名さん]

#452020/05/31 20:22
参考文献

出典は列挙するだけでなく、脚注などを用いてどの記述の情報源であるかを明記してください。記事の信頼性向上にご協力をお願いいたします。(2013年9月)
柏原祐義編『真宗聖典』法蔵館、1935年。ISBN 4-8318-9001-4。
高森顕徹 著『歎異抄をひらく』1万年堂出版、2008年発行。ISBN 978-4-925253-30-7。
明橋大二・伊藤健太郎 著 高森顕徹 監修『なぜ生きる』1万年堂出版、2001年発行。ISBN 4-925253-01-8。
小沢浩 著『新宗教の風土』岩波書店、1997年発行。ISBN 978-4004305064。
関連項目
歎異抄
法論
1万年堂出版
異安心
新宗教
外部リンク
浄土真宗親鸞会
親鸞会ブログポータル
親鸞会ブログポータル・ナビ
親鸞会 親子ネット 心の絆 - archive.today(2013年4月27日アーカイブ分)
浄土真宗親鸞会被害 家族の会
親鸞会批判の真実

[匿名さん]

#462020/05/31 22:45
では真言宗は❔

[匿名さん]

#472020/05/31 23:42
もう堪忍してくれー

[匿名さん]

#482020/06/01 18:31
話が難しい!
意味不!

…が

他教をデスるのはきっと『顕正会』に違いナイ

[匿名さん]

#492020/06/01 20:34
天正の時代
織田信長vs浄土真宗で戦った。

因みにうちの御先祖様は能登国から来た本願寺の侍。

[匿名さん]

#502020/06/01 21:00
天台宗が最強らこて。

[匿名さん]

#512020/06/01 21:01
ぎゃーてーぎゃーてー

[匿名さん]

#522020/06/01 21:02最新レス
家は代々浄土真宗。

ある日顕正会の勧誘に遭遇して以来日蓮上人が糞に思えて来ました

[匿名さん]


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