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村上海賊衆=村上水軍
15世紀室町時代の村上家文書の中に「村上海賊」と明記されている。
村上水軍の表記は江戸時代に入ってから。
明治代の大日本帝国海軍関係者を中心に「水軍」の表現を使うようになる。
歴史的には「海賊(海賊衆)」の方が正史実らしい。
中世期に瀬戸内海の芸予諸島を中心にで主に活動した海賊。
多くはキリスト教カトリック派思想の真言宗の信徒。
村上海賊と村上源氏(村上天皇の源氏氏族の親王)は、元々の祖は同族。
村上氏は河内源氏の支流信濃村上氏を起源として、平安時代の村上為国(信濃村上の始祖・源為国・清和源氏源頼清流)の弟である村上定国が塩飽諸島に移り、伊予村上氏の祖となる。
能島村上氏の系図に依ると「自らの出自を村上天皇の皇子具平親王の子である源師房を祖とする村上源氏」とする。
因島村上氏においても同様の起源を主張する系図が残る。
村上海賊とは、大まかに分別するとしたならば、能島村上家と因島村上家と来島村上家の御三家。
源氏の祖として清和源氏は半島の新羅源氏や中国の河南源氏でもある。