馬場はブロディの移籍に薄々気付いてはいたが新日本にブロディを扱いこなせる訳がないと放置した
そしてその通りになった
[匿名さん]
猪木が死んで、まだ半年ぐらいなのに、5年ぐらい月日が経ったように感じる。
[匿名さん]
馬場が死んで、もう24年も経ったのに、爆サイスレで語る人の多さに驚く。
[匿名さん]
馬場が死んで全日本が終わり
三沢と橋本が死んでプロレスが終わった
[匿名さん]
猪木は14人兄弟の7番目ぐらいでしたっけ!? 猪木という苗字は、やや珍しいから、全国の猪木さんは
猪木の親戚に近いかもしれない。
[匿名さん]
沖識名 吉原功 そして大坪清隆
格闘技経験のない猪木に影響を与えた新人若手時代の名トレーナー
そのおかげでゴッチ教室で教わる前から
北沢幹之、マサ斎藤、山本小鉄らが一目置く圧倒的強さのレスリング技術を習得
[匿名さん]
東京オリンピック・レスリングフリースタイルヘビー級日本代表
マサ斎藤の東京プロレス同門時代の猪木についての話
「ジムでスパーリングやった訳、グラウンドレスリングの。
バァーっと俺が攻めて組み付いていったら、動かないんだよ。
それでビックリして、レスラーってこんな強いのかって。
あの頃、確か115キロぐらいあったのかなあの人。
ターザンみたいな身体してんだよね。」
「何しろ猪木さんっていうのは手足が長いでしょ、スタミナがあるし身体は柔らかいし。
だから動じない訳よ。
あーこの人がアマチュアレスリングやらなくて良かった、と思ったよね。
だったら俺、オリンピック出られなかったよ。」
[匿名さん]
日本プロレス時代のサンマルチノ戦は噛み合わなかった。
[匿名さん]
猪木が死去して半年ほど経ったと思うけど、ずいぶんと前のことのように思われるのは
昨年の後半に有名人(芸能人など)の訃報が続いたため、だいぶ昔みたいな感覚が発生したんだよ。
[匿名さん]
新間が最も光り輝いていた1980年代の新日本プロレス、
この頃の新間の肩書は専務取締役営業本部長。
プロ野球に例えれば、アントニオ猪木がオーナー兼社長兼エース兼四番打者で、
新間はゼネラル・マネージャー(GM)だろう。
猪木と新間は一蓮托生、夫婦みたいなもの。
しかも、しょっちゅう夫婦喧嘩をしながら別居を繰り返し、いつの間にか
元の鞘に収まる不思議な夫婦だった。
たとえてみれば、配偶者からのDVを何度も受けながら
「この人は私がいなければ何もできない」と思ってしまい、結局は別れられない夫婦である。
DVを受けていたのは、もちろん新間だ。
[匿名さん]
猪木の死後、半年以上たって猪木関連の書物の出版も、やや落ち着いてきたかな?
猪木ネタが、やや切れてきたか、出版社も。
[匿名さん]
追悼物がメインだったからな
暴露物ならまだまだ売れる
[匿名さん]
新日本、ノア、全日本 アントニオ猪木追悼オールスター「ALL TOGHTHER」カード発表
5/31(水) 18:15配信
新日本プロレスは31日、プロレスリング・ノア、全日本プロレスの3団体のオールスター、
アントニオ猪木さん追悼の『ALL TOGETHER AGAIN 元気があれば何でもできる!』
(6月9日・両国国技館)の対戦カードが決定したと発表した。
これまで場外乱闘を繰り広げてきた新日本のオカダ・カズチカとノアの清宮海斗が
6人タッグマッチで対戦する。
[匿名さん]
猪木の命日が記念日に認定されたとのこと。以下、情報元は日刊スポーツ。
10月1日が「闘魂アントニオ猪木の日」として記念日登録されたと8日、アントニオ猪木公式ツイッターで発表された。
10月1日は猪木さんの命日となる。IGF(猪木元気工場)スタッフ名で「10月1日が『闘魂アントニオ猪木の日』として、記念日登録されましたことをご報告させていただきます。この記念日制定により、アントニオ猪木の功績を幅広く後世に継承されていくことを望んでおります」とつづった。
日本記念日協会でも「プロレスラーとして格闘家として政治家として、多くの人を鼓舞し、多くの人に勇気を与え、多くの人に愛されたアントニオ猪木氏の肖像権・著作権などを管理する株式会社猪木元気工場が制定。『闘魂』を体現したアントニオ猪木氏を偲び、その功績・人物像・魅力などを後世に伝え、広めていくことが目的。日付はアントニオ猪木こと猪木寛至氏の命日(2022年10月1日)であり、「闘(10)魂AntonioI(1)noki」の語呂合わせから10月1日としたもの」と解説している。
[匿名さん]
猪木以上の異種格闘技系レスラーは今後、出現しないかもしれない。
[匿名さん]
猪木は演者として素晴らしいのであって格闘家として強いわけではないから
[匿名さん]
15ラウンド引き分けに終わった一戦は、試合直後には「世紀の凡戦」と酷評されたが、
後年になって「現在の総合格闘技の礎」といった形で評価されるようになった。
その功績を称え、猪木とアリが対戦した6月26日は、2016年に「世界格闘技の日」に制定された。
今年、猪木が亡くなって初めての「6・26」を迎えた。
[匿名さん]
権威あるどこかの第三者的な団体が制定したのかと思ったら
世界格闘技の日を制定したのは猪木とアリの両氏、だってさ
自分達だけで決めたってだけじゃん
[匿名さん]
決めたのは2人だが、その後、一般社団法人 日本記念日協会が認定してるから、それなりに権威はある
[匿名さん]
《スーパー茶番劇》(日刊スポーツ)
《真昼の欠闘》(サンケイスポーツ)
《世紀の上げ底ショー》(京都新聞)
[匿名さん]
猪木「ニューヨーク・タイムズだけが褒めてくれてね……。
それだけでもずいぶん救われたもんですよ」
[匿名さん]
アントニオ猪木さんの映画が10・6公開決定 新日本・菅林会長「重要なドキュメンタリー」
2023年7月12日 06:00
昨年10月1日に死去したプロレス界のスーパースター、
〝燃える闘魂〟アントニオ猪木さん(享年79)のドキュメンタリー映画
「アントニオ猪木をさがして」が、10月6日にギャガ配給で全国公開(TOHOシネマズ日比谷他)されることが決定した。
同作品は、猪木さんが設立した新日本プロレス創立50周年企画として制作されている。
「ドキュメンタリー」「短編映画」「貴重なアーカイブ映像やスチール」の3要素で構成され、
猪木さんの壮大な軌跡を追っているという。
[匿名さん]
アナザーストリーを見ました
モハメド・アリから猪木に送られた手紙を見て感動しました
[匿名さん]
新日もセコいから今さら“闘魂三銃士”なんて猪木の遺産引っ張り出す始末。そろそろ海賊男も復刻すんのかな?
[匿名さん]
昨年10月1日に79歳で亡くなった“燃える闘魂”アントニオ猪木さんの功績をたたえる展覧会
「燃える闘魂・アントニオ猪木展」が8月3日から15日まで東京・新宿の京王百貨店で開催される。
存命なら来年2月20日に80歳を迎えるはずだった猪木さん。
今回の展覧会は、生誕80年を記念して開催し、1976年6月26日に
「格闘技世界一決定戦」で闘ったプロボクシング世界ヘビー級王者のムハマド・アリが
決戦から1年後に猪木さんへ送った直筆の手紙、猪木さんの直筆の書
(道の詩や、猪木語録など)、猪木さんが愛用した「闘魂棒」などが展示される。
[匿名さん]
アントニオ猪木一周忌法要 藤原組長、涙ながらに「自分もすぐそちらに行きます」
9/12(火) 14:26配信
組長も感情を抑えることが出来なかった。
昨年10月1日に死去した「燃える闘魂」アントニオ猪木さん(享年79)の一周忌法要と
「燃える闘魂 アントニオ猪木之像」の除幕式が12日、神奈川・横浜の曹洞宗大本山・總持寺で
しめやかに営まれた。弟子の藤原喜明、蝶野正洋、小川直也らに加え、
新日本の相談役・坂口征二氏、天山広吉、小島聡、永田裕志、棚橋弘至、オカダ・カズチカら、
そして全日本から諏訪魔、宮原健斗ら、プロレスリング・ノアから拳王、清宮海斗ら計120人が参列した。
通称・藤原組長(藤原喜明)は、師匠・猪木さんを「すごく純粋で、だまされやくって、
正直で、横浜の鶴見で生まれた少年がそのまま大きくなったような」と独特な表現で形容した。
「30ちょっとで何十億という借金をして、モハメドアリとやったり、すごいというか、
無謀というか、そこが魅力だったんじゃないかな」と懐かしんだ。
思い出はいくつ挙げてもキリが無い。
「よく六本木から電話が来てね。ある日は『1時間で来い』と言われたから、
『帰ってシャワー浴びて、タクシー呼んだりして無理ですよ』と言っても、
『絶対に来い』って言うから…。何とか飛ばして、約束の午後6時30分に着いたんだけど、
猪木さんは『何だ、お前、もっと遅く来いよ』って言いますからね(笑い)」。
ヤンチャで、どこか切ないエピソードを明かした。
「自分もすぐそちらに行きますので、待っていてください」と涙し、「寂しいね」としのんだ。
[匿名さん]