第一次UWF時代、ファンのリクエストに応えてドロップキックを披露したことがあった。
[匿名さん]
ワフー・マクダニエル、ジプシー・ジョー、マッドドッグ・バション、上田馬之助、BJマリガン、BVラシク、CSホワイト、キラー・ブルックスらで『金網デスマッチトーナメント』(リーグ戦は無理でしょう?)が有ったら盛り上ったのでは…
[匿名さん]
因縁の無い外人とのデスマッチは感心しなかったが… 地方での営業(特に宣伝カー)ではその告知をせざるを得なかったと思う…多分1.5倍位の集客は有ったのでは!?
[匿名さん]
ストロング小林は団体の中にグレート草津をエースに押す流れが嫌で国際を飛び出したという説があったが、小林離脱後にまず井上、そして木村がエースにと草津は一度もエースになっていない
草津エース路線は単なる噂だったのかな?
[匿名さん]
リング上はとにかく、マッチメークなどの実権は草津が握っていた。
[匿名さん]
なるほど小林にしてみれば表向きは自分がエースだけど離脱前のワールドシリーズで現王者の自分が寺西に敗れ予選敗退などは信じられないマッチメークだったんだろうね
草津は小林をあまり買ってなかったのかな、リアルタイムで見てる時はそんなの全然知らないで見てた
[匿名さん]
木村と小林、草津、井上がガチ喧嘩したら木村か草津が強そうだった
[匿名さん]
馬場よりも先に海外でNWA世界タイトルに挑戦…
但し、英語のわからない木村はその試合がNWA世界戦とは知らなかった。
[匿名さん]
ドリーがベルトを巻いてリングに上がってきたので、初めてタイトルマッチと分かったとか。
[匿名さん]
↑ あんた、そんなプロレス一口メモ 好っきやねぇ〜 でもオモロないねん〜 もっと、そのネタに併せ、話しを膨らませんと〜 読む側には迷惑でんねん〜
[匿名さん]
大木がテーズに挑戦したのはテキサス東部のヒューストン
ドリーに挑戦したのは同じテキサスでも西部のアマリロかルボック?かどこか
[匿名さん]