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1950年(昭和25年)、トヨタ自動車が蒲田工場を閉鎖した際、元従業員の有志を中心に設立された。
宮城県黒川郡大衡村の第二仙台北部中核工業団地内に本社並びに工場を移転中である[1]。2011年(平成23年)1月から宮城工場(新本社工場)が本格稼動し、輸出用の「ヤリスセダン」(日本名:ベルタ)の生産を開始した[2]。相模原工場(旧本社工場)は3月29日でカローラアクシオの生産を終了して翌日に閉所式を行い、4月11日に宮城工場(新本社工場)への生産機能の全面移管、株主総会後の6月以降に宮城県に法人登記を移転すると報道されていた[2][3][4]。しかし、3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)によって宮城工場(新本社工場)が操業を休止したため全面移管の時期を遅らせ、相模原工場(旧本社工場)で3月受注分のみの生産を行なった後の4月下旬に全面移管を行なうと発表された[5][6]。
同社の宮城移転を受け、同工業団地を縦貫する東北自動車道に宮城県が大衡ICを新設し、国土交通省が三本木PAをスマートIC化した[7]。また、仙台北部道路と東北自動車道とを富谷JCTで接続し、同工業団地と仙台港や仙台空港との時間短縮がなされた。さらに、仙台港の再整備[8]や、仙台港〜北上駅(同じトヨタ系の関東自動車工業岩手工場が所在)〜秋田港〜ロシア・ボストチヌイ港〜シベリア鉄道〜ヨーロッパと繋ぐ貨物の「環日本海シーアンドレール構想[9]」の実証実験が行われるなど、当社の宮城移転は東北地方の自動車産業や流通に多大な影響を与えている。
神奈川県から宮城県への本社移転に伴って、2009年(平成21年)1月に会社と労働組合との間で移転支援策がまとまったため、約4000人が宮城県に移住すると見られている[10]。この大量転入により、新本社工場周辺の自治体や不動産業者が様々な移住促進策を繰り広げた[10]。