🍶 上越市雑談

「コップ持って寝っ転がってるような感じだったんだよね。まさか死ぬなんても思ってもみないからさ。」

今、兄貴分は心の隙間に吹く風に耐えている。
母親は一日寝て過ごすことが増えている。
呼んでも答えぬ息子のことはまだ思い出にさえなっていない。
今もひょうひょうと「酒」なんて言ってるような気が、私たちにもする。

東京都荒川区、久しぶりに街の片隅に立つ築44年の家を訪ねてみた。
この夏まで50歳の息子と82歳の母親は片寄せ合って暮らしていた。
今は独りぼっちの鵜浦トシさん。めっきり老け込んで、最近は補聴器の世話になることもあるという。
「いただきます」
食欲もなく、この日はキャベツの炒め物だけの昼食を食べきれなかった。
そりゃ無理もない。親にとって子供に先立たれることほどつらいことはないはずだ。
亡くなった吉雄さんはお世辞にも孝行息子とは言えなかった。
それは私たちも知っている。
4年前のあのころ。

「ヨシ、ヨシ、どうしてこんなに散らかしてんの？
残ってたんだからやめなさい。今日はダメ。明日はあんたのことなんだから。」
「これおいしいから。ね。」
職もなく生活のすべてを母親に頼り切っていた吉雄さんは当時47歳。
「おいしいでしょ？」
「んまいっ」
己の不運を忘れるために口にする酒の量は、はっきり言って尋常ではなかった。
吐く息はいつだってアルコールの匂いがした。

外出するのは酒を買いに出るときだけ。
トシさんからもらった小遣いを手に、その姿はまるで子供のようだった。

「やめてよ人の頭まで。」
酔えば必ず喧嘩になる。
「私もあんたになりたいなあ。働かないで文句言いながら、酒を飲んでご飯を食べられて」
「寝たいと寝て。こりゃいいね。あんたに交代したいよ私は。」
「人が羨ましく思うほど良くないよ。」
「羨ましいなんて思ってないよ。いいねって。」
「羨ましいと思うことないじゃないか。」
「あんた自分で・・・」
「どこも行けないで。」
「幸せだと思わないの？寝たいときに寝て。」
「思わないよ。」
「いつまでもしがみついてないでくれよ。自分で、自分でやんなさいよ。」
「お父さんはよく守ってくれてるよ。こっちは命あるうちはわかんないぞ。明日はダメになるか・・・」
「くたばったらお前は段ボール暮らしだから。年金でないからな一銭も。私だけに出るんだから。」
30年前に亡くなった父親の位牌は泥酔した吉雄さんの火の不始末でこのありさま。

神田生まれのトシさんは昭和19年ご主人と結婚した。
やがて吉雄さん誕生。
電電公社に勤め、働き盛りだったご主人が肝硬変で帰らぬ人となったのは吉雄さん20歳の春だった。
あるときは病院の賄い、あるときは皿洗い、トシさんは子供を学校に通わせるために髪振り乱して働いたという。
ひどい小児喘息のせいで内気だった吉雄さん。いわれのないいじめにあったのは高校生の時だった。
以来、対人恐怖症におちいった。
働いてた時代もあった。けれど、なぜか運が悪かった。
勤めていた会社が次々と倒産。
気が付けば不況になっていた。

わが身の不運を忘れるために、吉雄さんは酒浸りの日々へと落ちて行った。
「焼酎　のみたいの。」
「ちょっと。飲みたいの・・・」
私たちにもたびたび酒をねだった。

あのころ、トシさんはいつも自問していた。
働きづくめでかまってやることのできなかった幼いころ。それがいけなかったんじゃないだろうか。
それともやっぱり本人の問題なのか。思いはいつも堂々巡り。
「47にもなって。私はちょっと生意気だと思うんですけど。親の方が可哀想と思うんですよ。このままじゃ。
私だってもう80ですよ。同情してあげったってどうしようもないでしょ松村さん、考えてみてください。
ほんとに、同情してあげたってもうあんな歳になったんだから自分でも考えなきゃ。大事にしてたけども・・・
わかんないですね。どうしてうちのあれがどうしてああなっちゃんだろうかなと思って。」

河童よしおの頭を叩く