昨日、師団街道対面側の集合住宅サンハイム・ゴールド1階の部屋で火災。住人の高齢女性が死亡。
[匿名さん]
京都では、DX東寺、千中ミュージック、そしてこの伏見ミュージックの三つが、京都の三大ストリップ劇場と言われたようである。
[匿名さん]
A級京都があって、四大劇場だね
千中、A級は西陣→繊維産業(織物)
伏見→(日本)酒造業
昔の花形産業で、ストリップはその労働者の娯楽だったんだな
[匿名さん]
今は葬儀場
故人も浮かばれるありがたい劇場
伏見遊廓跡地
[匿名さん]
DX伏見となる前、A級伏見としての最終週はキツネ目の中高年日本人舞姫の南野静香が本板をやっていました。
[匿名さん]
撞木町遊郭跡に隣接して存在していたストリップ劇場。向かいに京都本因坊会館という暴力団事務所もあった(現在空ビル)。
まな板ショーがあるので観客は淡い期待を抱き観劇。劇場観客席脇ではカーテンで仕切られたシングルべッドがありピンクのライトで淫靡な雰囲気を醸し出していた。
カーテン内ではストリップで興奮した客用にピンクサービス(ゴムF¥3,000-)が行われており中学時代は近所のパチンコマンモス伏見店(現・業務用スーパー)で勝った場合のみ立寄って抜いていた。
一筋北側に橦木町遊郭のメインストリートがあり赤穂浪士でお馴染みの大石内蔵助も通って遊んでいたそうである。
通りには『集い』(廃業)という古本屋があり眼鏡をかけた白髪で初老のオジサンが経営していた。入店したときに客がいた事は一度としてないがエロ本と中古AVで細々とやりくりしていたようである。中古AV(VHS)は800~1,500円で販売されていて中学の制服を着ていても普通に購入できた。ビデオテープは購入後に視聴に飽きると200~300円で買い取ってくれ再び棚で再販される循環を繰り返していた。
この街区には他にも中学時代に賭け麻雀を楽しんだ雀荘(廃業)や質屋(廃業)、ストリップ客を見込んだ居酒屋などもあった。
劇場が取り壊されると前述店舗も次々と廃業し家族葬専用の式場が新たにオープンし現在に至る。
[匿名さん]
1994年に現代ストリップの全てを見せますと題した興行で本板が復活し、以後1997年頃まで大和弓さんや橋口美奈さんの本板ショーが行われていました。
[匿名さん]