>>14
その通り。東大に行ったら中部圏には町医者にならない限り戻ってこれない。
東大で町医者になるのは、落ちこぼれか、よほどの変わり者。
医師の王道は、出身地方ブロックの旧帝、旧六に入学し、大学の教官・教員か
公的大病院の院長・副院長等の幹部医師になること。
・旧帝 帝国大学令による設置 東大、京大、九大(京都帝国大学福岡医科大学が前身)、東北大、
改正帝国大学令による設置 北大(旧制高等学校生が進学しない、なんちゃって帝大)
昭和期に帝大に昇格 阪大、名大(ただし、名大は旧制時代には帝国大学医学部の
入学生レベルを1度も満たしていない、と言っていい状態。詳細省略。)
以上7校は旧制大学レベルの医育機関設置順)
(および旧帝格 慶応)
・旧六 千葉、岡山、金沢、長崎(以上4校は、旧制高等中学校医学部の学区順)、
新潟、熊本(以上2校は旧制官立医大設置・昇格順)
(および旧六格 京都府立:阪大、名大とともに、旧制高等中学校医学部に
医育機関を集約し都道府県立病院の医学校に国からの補助金を廃止した時に
府県立病院の規模が大きかったので、その収入で医学校を維持した3府県の
医学校の後身。昭和8年に大阪帝大と名古屋医大として官立移管されるまでは
京都府立医大と同格の公立医大で、官立の旧六よりも格下。)
と言うことで、名大医学部は歴史的に戦前は旧帝医学部の質の受験生を一度も受け入れて
いないのが価値観をおかしくしているんだろうね。
(つづく)