高齢者の貧困は改善 下流老人ブームで歪む政策
約30年ぶりに販売額が1兆6000億円を割り込み、統計開始以来の落ち込みを記録した2015年の出版界(書籍・雑誌)だが、〝老後リスク本〟はよく売れた。6月発刊の『下流老人』(藤田孝典著、朝日新書)の帯には20万部突破と銘打たれ、7月発刊の『老後破産』(NHKスペシャル取材班、新潮社)の奥付には12月に13刷とある。雑誌やテレビも相次いで特集した。
火付け役は14年9月のNHKスペシャル「老人漂流社会」(『老後破産』のベースになった番組)だ。「それに続くかたちで、高齢者の貧困の実態について、新聞や週刊誌も相次いで報道している。しかし残念ながら、全体を網羅した分かりやすい文献はいまだない」と、自らの〝全体像把握〟に自信を見せる『下流老人』は「まもなく高齢者の9割が下流化する」とする。
同書が最大の根拠にしているのが、高齢者、とくに一人暮らし高齢者の相対的貧困率の高さだ。しかし、現実は下図の通り。高齢者の貧困率は改善傾向にあり、貧困化が進んでいるのはむしろ現役世代のほうである。
同書はまた、「10年版男女共同参画白書」から数字を取り、「65歳以上の相対的貧困率は22・0%、さらに高齢男性のみの世帯では38・3%、高齢女性のみの世帯では52・3%にもおよぶ」として、一人暮らし高齢者の貧困を問題にするのだが、この統計の原典は、阿部彩・首都大学教授の作成資料。阿部教授が詳細な分析を発表している「貧困問題ホームページ」を開けば、これまた一人暮らし高齢者の貧困が改善傾向にあることが明示されている。
貧困とは相対的な概念であり、経年変化、世帯間、対諸外国など何らかの比較を持って表現する必要があるのだが、老後リスクを扱う書籍や記事の特徴は絶対値ばかりが出てくること。そして、もうひとつの特徴は、「○○さん(×歳)はこうして転落した……」とミクロの事象を積み重ねることだ。
もちろん、現場を歩き一つ一つの事象を拾うという、足で稼ぐ取材活動は敬意に値するものだ。しかし、政策変更などの社会の変革を訴えるならば、ミクロの発掘とマクロの分析の往復が欠かせない。ミクロをいくら積み上げても全体感を見失うと「木を見て森を見ず」になってしまう。(Wedge編集部 大江紀洋)
約30年ぶりに販売額が1兆6000億円を割り込み、統計開始以来の落ち込みを記録した2015年の出版界(書籍・雑誌)だが、〝老後リスク本〟はよく売れた。6月発刊の『下流老人』(藤田孝典著、朝日新書)の帯には20万部突破と銘打たれ、7月発刊の『老後破産』(NHKスペシャル取材班、新潮社)の奥付には12月に13刷とある。雑誌やテレビも相次いで特集した。
火付け役は14年9月のNHKスペシャル「老人漂流社会」(『老後破産』のベースになった番組)だ。「それに続くかたちで、高齢者の貧困の実態について、新聞や週刊誌も相次いで報道している。しかし残念ながら、全体を網羅した分かりやすい文献はいまだない」と、自らの〝全体像把握〟に自信を見せる『下流老人』は「まもなく高齢者の9割が下流化する」とする。
同書が最大の根拠にしているのが、高齢者、とくに一人暮らし高齢者の相対的貧困率の高さだ。しかし、現実は下図の通り。高齢者の貧困率は改善傾向にあり、貧困化が進んでいるのはむしろ現役世代のほうである。
同書はまた、「10年版男女共同参画白書」から数字を取り、「65歳以上の相対的貧困率は22・0%、さらに高齢男性のみの世帯では38・3%、高齢女性のみの世帯では52・3%にもおよぶ」として、一人暮らし高齢者の貧困を問題にするのだが、この統計の原典は、阿部彩・首都大学教授の作成資料。阿部教授が詳細な分析を発表している「貧困問題ホームページ」を開けば、これまた一人暮らし高齢者の貧困が改善傾向にあることが明示されている。
貧困とは相対的な概念であり、経年変化、世帯間、対諸外国など何らかの比較を持って表現する必要があるのだが、老後リスクを扱う書籍や記事の特徴は絶対値ばかりが出てくること。そして、もうひとつの特徴は、「○○さん(×歳)はこうして転落した……」とミクロの事象を積み重ねることだ。
もちろん、現場を歩き一つ一つの事象を拾うという、足で稼ぐ取材活動は敬意に値するものだ。しかし、政策変更などの社会の変革を訴えるならば、ミクロの発掘とマクロの分析の往復が欠かせない。ミクロをいくら積み上げても全体感を見失うと「木を見て森を見ず」になってしまう。(Wedge編集部 大江紀洋)