絶対的な上下関係で従わなければしかる。その指導が、本当に正しいのか。自分が高校野球を楽しめなかった分、「教え子にはそうなってほしくない」と、グラウンドを離れた半年間、指導法を練り直した。
部員が思いを伝えやすいようにと、話をするときは呼びつけるのをやめ、歩み寄って声をかけるようにした。少しずつ、部員の意識が変わっていくのを感じた。自分のプレーに足りないのは何か、なぜ評価されないのか。対話を重ねることで自ら考える姿勢が選手に浸透した。松平一彦部長(42)は「謹慎を経て、生徒がわかるまで何度も話をするようになった」と話す。
その雰囲気にひかれ、入学する選手も増えた。主将の野口海音(みのん)君(3年)は「プロや社会人で野球をするため、自分の課題や長所を考えながらプレーする癖を身につけたかった」と、履正社への進学を決めた。野口君は「監督に学んで、間違いなかった」。
「すごく怖い人」。記録員の曽場大雅君(3年)は入学前、そんなイメージを持って入学した。だが、岡田監督が自らグラウンドの雑草を抜いたり、木を切ったりする姿に「一緒に野球をしてくれている、とても身近な監督」と親しみをもつようになった。
冬は1カ月ほどかけて、保護者の面談もする。指導や選手の起用法について考えを伝え、協力を求めた。寮がない学校で、保護者に「家庭でのコーチになってもらいたい」。そんな思いもあった。
大阪では「2強」と称されるが、強敵の大阪桐蔭に実績で水をあけられてきた。監督として32年、春夏通算12回目の甲子園でようやくたどり着いた頂点。「本当に夢のようですね。泣くことはないと思っていたのに」。目に涙を浮かべながら、笑った。(山田健悟)
部員が思いを伝えやすいようにと、話をするときは呼びつけるのをやめ、歩み寄って声をかけるようにした。少しずつ、部員の意識が変わっていくのを感じた。自分のプレーに足りないのは何か、なぜ評価されないのか。対話を重ねることで自ら考える姿勢が選手に浸透した。松平一彦部長(42)は「謹慎を経て、生徒がわかるまで何度も話をするようになった」と話す。
その雰囲気にひかれ、入学する選手も増えた。主将の野口海音(みのん)君(3年)は「プロや社会人で野球をするため、自分の課題や長所を考えながらプレーする癖を身につけたかった」と、履正社への進学を決めた。野口君は「監督に学んで、間違いなかった」。
「すごく怖い人」。記録員の曽場大雅君(3年)は入学前、そんなイメージを持って入学した。だが、岡田監督が自らグラウンドの雑草を抜いたり、木を切ったりする姿に「一緒に野球をしてくれている、とても身近な監督」と親しみをもつようになった。
冬は1カ月ほどかけて、保護者の面談もする。指導や選手の起用法について考えを伝え、協力を求めた。寮がない学校で、保護者に「家庭でのコーチになってもらいたい」。そんな思いもあった。
大阪では「2強」と称されるが、強敵の大阪桐蔭に実績で水をあけられてきた。監督として32年、春夏通算12回目の甲子園でようやくたどり着いた頂点。「本当に夢のようですね。泣くことはないと思っていたのに」。目に涙を浮かべながら、笑った。(山田健悟)