こいつはエースの器じゃない!
肝心なとこでミス多過ぎ。
サーブミスは当たり前。
山本を越えるのは無理だろう。
[匿名さん]
背筋力300kg以上あるらしいけど、バレーに必要か?
[匿名さん]
コイツよりマシなのいないんだから仕方ない。
それが日本の弱さ
[匿名さん]
ゴリには一般人がお似合いだが、誰も近づかなかったのか
[匿名さん]
アマチュアのバレー選手(単なる社会人チーム所属)ですが、309kgあります。
アタックで反る力が普通の人と違うので、ブロックを吹き飛ばせます。
[匿名◆GiYXMI5I]
いい素質持ってるんなら越川みたく海外へ武者修行に行けばいいのに…
[匿名さん]
逆玉の輿おめでとう。
年収相当な差があるんじゃない?
中島美嘉は印税含めたら毎年最低でも数千万以上は儲けてるだろうけど、清水は1千万あるかどうか
[匿名さん]
芸能ニュース
結婚した中島美嘉(左)と清水邦広
清水邦広が中島美嘉とのなれそめを初告白 ラブレターがきっかけに
2015年3月2日 10時50分
ざっくり言うと
清水邦広が2日放送の番組で、中島美嘉とのなれそめを告白した
中島が試合で清水を見初め、手紙を出して交際が始まった
プロポースは清水からで、京都北部の海岸で求婚したという
[匿名さん]
清水邦広 アツアツ新婚告白 中島美嘉にキレられた「シカトしてるの!?」
スポニチアネックス 5月17日(日)8時58分配信
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清水邦広 アツアツ新婚告白 中島美嘉にキレられた「シカトしてるの!?」
昨年12月に結婚した中島美嘉と清水邦広
昨年12月に歌手の中島美嘉(32)と結婚したバレーボール全日本代表の清水邦広(28=パナソニック)が17日に放送されたフジテレビ系「ボクらの時代」(日曜前7・00)に出演し、幸せいっぱいに新婚生活について明かした。
【写真】中島美嘉「指輪でも見とけっ!」1万人に左手突き出し結婚報告
同代表の深津英臣(24=パナソニック)、石川祐希(19=中大)とともに出演した清水は、後輩の「清水さんのアイドルって中島美嘉さん?」という直球の質問にも「そりゃそうやで」とニコニコ顔で対応。「一緒にいる時は料理つくってくれる」「USJについこの間行ったんだ。めっちゃ楽しかった」とアツアツぶりを笑顔で告白した。
2人はバレーボール観戦を通じて知り合い、2011年夏に交際をスタートした。清水は「結婚したいという気持ちはあった」というが、「俺はバレーボールしているから、優勝してプロポーズしよう」と決めていた。その通りに昨年4月にパナソニックが2季ぶりのプレミアリーグ優勝を果たした後の「5月、6月ぐらい」に、中島に結婚を申し込んだという。
[匿名さん]
中島美嘉と夫婦関係に溝が深まり、子供が授からないまま離婚💔
[ツッコミクイーン]
怪我したらしいけど
何の怪我したの?
靭帯かアキレス腱?
[匿名さん]
清水邦広3年ぶり代表戦復帰「感謝しかありません」
[2019年8月3日19時7分]
カナダ戦の第1セット、強烈なサーブを放つ清水(共同)
<バレーボール男子:国際親善試合>第1日◇3日◇東京・青山学院記念館
「ゴリ」が代表に戻ってきた。世界ランキング11位の日本は同6位カナダに3−0でストレート勝ち。度重なる故障に苦しんできた清水邦広(32=パナソニック)が3年ぶりにジャパンのユニホームでコートに立った。
「ただいまで〜ス!」。清水は試合後、照れくさそうに客席に声を上げた。第1セット中盤に交代出場し、ライトから豪打で20−15とリードを広げた。「緊張しました。多くの人の励ましが…、感謝しかありません…」。その1人、同期で同僚の福沢に肩を抱かれると言葉を詰まらせた。
16年12月に右足甲の疲労骨折。18年2月に右膝前十字、内側側副(じんたい)断裂。ともに約1年の治療とリハビリを要する重傷だった。昨年からは4度もの手術。壊れかけた心を支えたのは屈辱だ。
21歳で出場した08年北京五輪は5戦全敗で最下位。セッター対角、攻撃専念のオポジットとして代表を支えてきた男は、この日3セットすべてに途中出場したが1得点。ただ「僕には大きな1歩。北京でできなかったことを東京で…。これからまた、世界に通用する選手になりたい」。エースが復活への道を歩み始めた。【小堀泰男】
[匿名さん]
【バレーボール通信】清水邦広、大けがから全日本復帰 次世代に伝えたい思い
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2019年10月10日 16時1分 産経新聞
絶望のふちからはい上がってきた背番号1を、マリンメッセ福岡(福岡市)の観衆は大声援で出迎えた。
バレーボール男子ワールドカップ(W杯)で日本の開幕試合となった1日のイタリア戦。第1セット23−16で、度重なる大けがから全日本のコートに帰ってきた清水邦広(パナソニック)が、ワンポイントブロッカーとして投入された。石川祐希(パドバ)から託されたトスを相手ブロックの腕に当てて、技ありプレーで24点目をもぎとると、33歳はくしゃりと顔をほころばせた。
「『お帰りなさい』とか、そういう言葉をかけてくれると、厳しい試練を乗り越えてよかったなと思うし、諦めずにやってきたからこそ戻ってこられた。本当にみなさんに感謝しながら、僕自身頑張ってよかったなと思います」
20歳で代表入りしてから務めてきた攻撃専門のオポジット(セッター対角)の座は現在、19歳の西田有志(ジェイテクト)が主力。控えからのスタートが多くなったが、待機中も常に体を動かしながら万全の状態でコートに入れるように最善を尽くしている。
2016年リオデジャネイロ五輪出場を逃してからの3年間は、これでもかというくらいの困難が襲いかかった。同年12月に右足首舟状骨の疲労骨折で10カ月のリハビリ生活。ようやく復帰した矢先の18年2月には、試合中にスパイクの着地で体勢を崩し、右膝(ひざ)前十字靭帯(じんたい)断裂、右内側側副靱帯断裂、半月板損傷の大けがを負った。約1年にわたるリハビリ中には、引退の二文字が頭をちらついた。
ふさぎ込む清水のもとに、真っ先に駆けつけたのは同い年の盟友・福沢達哉(パナソニック)だった。「頑張ろうな」「帰ってこいよ」。福沢はそんな慰めの言葉は一切、口にしなかった。ただただ世間話に花を咲かせた。
[匿名さん]