最近、『ウマ娘』(ウマ娘 プリティーダービー、Cygame)なるゲームにハマっている。すでに600万ダウンロードを超えるなど、異例の大ヒットを飛ばしている本ゲームに手を出したのは、つい1か月前。筆者はいわゆるミーハーの後発組である。
そんな中つい先日、新たなサポートカードとしてヤエノムテキが登場した。
トウカイテイオーやメジロマックイーンに、スペシャルウィークやサイレンススズカといった競馬ファンなら誰が知っている歴史的名馬が集う中、いきなりのSSR登場。ネット上のウマ娘ファンからも「ヤエノムテキって?」「聞いたことない」「これまた渋いところを……」など、その反応は同じく新登場したナリタタイシンと比較しても微妙なもののようだ。
ヤエノムテキにとっても「同じ皐月賞馬でも、ナリタタイシンより活躍したんだぞ」と主張したいところだろうが、第二次競馬ブームの活躍馬なのに本馬があまり目立たないのは「生まれた時代が悪かった」という言う他ない。
「これは噂に違わない強さだ!」
1988年3月のペガサスS(G3、現アーリントンC)。クラシック戦線が徐々に盛り上がりを見せる中、杉本清アナの実況と共に競馬ファンから大きな脚光を浴びたのは、地方の笠松から中央競馬に殴り込みをかけたオグリキャップだった。
中央初お披露目で「噂に違わない強さ」を見せつけたオグリキャップは、続く毎日杯(G3)でも重馬場を物ともせずに差し切り勝利。
そんな地方出身の芦毛の怪物の注目がますます高まる中、4番人気4着という地味な結果でひっそりと敗れた馬がいる。後のG1・2勝馬ヤエノムテキだ。
ちなみにヤエノムテキの主戦は、ジャパンC(G1)をカツラギエースと共に日本勢初制覇を成し遂げた西浦勝一騎手。調教師としてテイエムオーシャンやカワカミプリンセス、ホッコータルマエなどを手掛けた名伯楽は、今年2月末に定年で引退したばかりだ。
だが、まさかこのような形で再び注目されるなどとは思いもしなかっただろう。
毎日杯は今で言うところの3歳限定のレース。つまり、ヤエノムテキはオグリキャップと同世代である。勝つことを使命付けられたの競走馬にとっては、競馬史に残るスターと同世代というだけで不幸と言えるが、ヤエノムテキにとってさらに悲惨だったのは、この時代にはオグリキャップを中心としたスターホースが集い、彼は“名脇役”として尽く後塵を拝したからだ。
しかし、ヤエノムテキにとって幸運だったのは、地方出身のオグリキャップが中央のクラシック登録を行っていなかったことだろう。芦毛の怪物の初G1タイトルが3歳12月の有馬記念と意外に遅いのは、まさにそのため。当時すでに重賞6連勝と中央勢を蹴散らし続けた中で待望のビッグタイトル獲得だった。
ヤエノムテキにとっては、まさに「鬼の居ぬ間に……」である。4月の皐月賞(G1)で3/6の抽選を潜り抜けたヤエノムテキは、9番人気の低評価を覆してオグリキャップよりも早くG1タイトルをゲット。日本ダービー(G1)でサクラチヨノオーの4着に敗れたものの、世代の中心にはまだ彼がいた。
ヤエノムテキが“主役”の座から陥落したのは、秋の菊花賞(G1)だ。
夏の中日スポーツ賞4歳S(G3、現ファルコンS)で「弾丸シュート」サッカーボーイに一蹴されたものの、トライアルの京都新聞杯(G2)を勝利。ダービー馬サクラチヨノオーが不在だったこともあって、ヤエノムテキは1番人気に推された。
しかし、後に武豊騎手の初G1として記録されるこのレースの主役は、若き天才騎手と後にオグリキャップと激闘を繰り広げるスーパークリークだった。史上最年少G1制覇に世間が沸く中、距離が長過ぎたヤエノムテキは10着に大敗している。
その後もヤエノムテキの競走生活は、第二次競馬ブームを巻き起こしたスター軍団を相手に苦難の連続だった。
鳴尾記念(G2当時)や大阪杯(G2当時)を勝利するなど、その能力は確かなものがあったはずだが、当時の競馬界の中心にいたオグリキャップ・スーパークリーク・イナリワンの3強にどうしても歯が立たない。
そんなヤエノムテキに転機が訪れたのは、岡部幸雄騎手への乗り替わりだった。
5歳を迎えたヤエノムテキはG1だけでなくG2でも敗れ続け、競走馬として下り坂の状況だったが、ここで陣営が主戦騎手の交代を決断。迎えたのは「西の武豊・東の岡部」と称されるほどの超大物ジョッキーだった。
新コンビ結成の初戦となった安田記念(G1)、続く宝塚記念(G1)とオグリキャップに後塵を拝したヤエノムテキだったが、迎えた天皇賞・秋(G1)の最後の直線で早め先頭に立つと、最後はメジロアルダンの追撃をアタマ差振り切って、久々のG1勝利を挙げた。
1番人気に推されていたオグリキャップは故障続きで明らかに本調子ではなかったものの無事之名馬、競馬はレースを勝ったものが強いのだ。ヤエノムテキにとって、この天皇賞・秋がオグリキャップに初めて先着したレースだった。
あれから約30年。結局、オグリキャップが奇跡の復活を遂げた有馬記念(G1)までお付き合いするなど最後まで脇役だったがヤエノムテキを知っているファンは少ないかもしれないが『ウマ娘』として登場することで、改めて脚光を浴びることとなった。
オグリキャップ・スーパークリーク・イナリワンの宿命のライバルたち3強は、すでに『ウマ娘』入りを果たしている。30年前のリベンジへ、今度はウマ娘ヤエノムテキの活躍に注目したい。
(文=浅井宗次郎)
<著者プロフィール>
アイネスフウジンが日本ダービーを勝った1980年生まれ。大手スポーツ新聞社勤務を経て、フリーライターとして独立。コパノのDr.コパ、ニシノ・セイウンの西山茂行氏、DMMバヌーシーの野本巧事業統括、パチンコライターの木村魚拓、シンガーソングライターの桃井はるこ、Mリーガーの多井隆晴、萩原聖人、二階堂亜樹、佐々木寿人など競馬・麻雀を中心に著名人のインタビュー多数。おもな編集著書「全速力 多井隆晴(サイゾー出版)」。