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2020/09/16 07:22
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政治総合





NO.8442318

総括された「南京」の捏造②

自民党の「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」(以下・歴史議連)は平成十九年六月十九日、記者会見を開き、「南京攻略戦は通常の戦場以上でも以下でもなかった」とする『南京問題小委員会の調査検証の総括』を発表した。

 同議連は、中国側が主張する〝大虐殺〟などなかった根拠として、「第百会期国際連盟理事会(一九三八年一月二十六日—二月二日)の議事録」などの一次資料に当たった。

 その結果として、①日本軍による南京陥落直後の昭和十三(一九三八)年、当時の国際連盟で中国の顧維鈞代表が「日本軍による二万人の虐殺と数千の女性に対する暴行があった」と報告し、国際連盟に「行動を要求」したが、「日本非難決議」として採択されなかった②南京戦の総司令官、松井石根大将は、残虐行為を阻止しようとする義務を怠ったとして東京裁判で死刑判決を受けたが、「平和に対する罪」「人道に対する罪」の訴因は無罪だった—ことなどを挙げた。

この「二万人」という数字は、東京裁判での「二十万人」や中華人民共和国が主張している公式見解の「三十万人」とはケタが違うことが分かるだろう。民国時代の一番、事実を正確に把握していたであろう時に出した主張が「二万人の虐殺」なのである。繰り返すが、それすら、国際連盟で「否定」された。この議事録は、中国側の主張を覆す上で、「白眉」の資料と言っていい。

 南京陥落直後から、中国国民党は、約三百回もの記者会見を行ったが、その中で一度も、「南京虐殺があった」とは言っていない。

 この国際連盟議事録はまさに、そのことを裏付けることができる決定的な資料である。国際連盟の会議の場で、顧代表が〝南京虐殺〟を訴えて、無視されたことを、中華民国は再度、記者会見で訴えられなかったのである。
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#7402020/09/09 04:13
国際委員会 第6号文書(1937年12月17日付)

 南京日本帝国大使館 御中
  日本大使館二等書記官福井淳氏の配慮を乞う
[略]
昨日は一四人の労務者が連行されました。当方の警官にも干渉がなされ、責任者である日本人将校の言によれば、司法部に駐在中の五〇人の警官を「銃殺するために」連行したとのことです。昨日午後にはわれわれの「志願警察官」のうち四六人が同様に連行されました

[匿名さん]

#7412020/09/09 04:14
国際委員会 第7号文書(1937年12月18日付)

 南京日本帝国大使館 御中
  日本大使館二等書記官福井淳氏の配慮を乞う
 拝啓
 またもあなたを煩わせることを遺憾に思いますが、われわれが保護している二〇万の市民の苦難と窮迫は、貴国軍隊が何らかの処置をとって、安全区を徘徊する日本兵の間の無秩序状態をやめさせるよう要請することを、焦眉の急としております。
 当方にて記録が間にあわないほど頻々と報告されてくる暴行事件の内容にここで詳しく立入る時間も紙面もありません。[略]

[匿名さん]

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