🧖 池田町雑談

毎度、馬鹿馬鹿しい小話を１つ。
それにしても、科学の進歩というのは疾風の如く。目まぐるしい早さで進化をするわけですけど。
早さといえば、やはり車。昔なんてぇと、馬を使って、あー観光なんかじゃあ今でも人力車。えー、なんでも走って早さを競ったもんです。
だけども、あれは凄いですねー。原動付き自転車とは。原付と言いますが、あれは手首を捻れば進むわけです。足が無くても走るとは、昔の漢字を考えた人も仰天でしょうな。

「あー、秋は秋でも山道だ。すっかり暗くなってしまったな、やはりおいとまするのが少し遅かった」と、晩秋の夜道を原付で走っていた時のことです。サイドミラーに一筋の光が見え、その光がどんどん近付いてくる。後続の車が来るのはそんなに不思議なことではないのですが、見える光は一筋。ライトが１つ。と、言うことはバイクが近付いてくるということ。これもまた科学の進歩なのでしょうか、この山道実は遠回りなんでして。数キロメートルも前に新しい道が出来てまして、照明もしっかり設備されている。ただ悲しいかな、その道には車両規定がありまして原付は通れねえ。つまり、後ろから来てるのは私と同じ原付というわけです。
「ん？原付かぁ。まま、俺の原付も年期が入ってる何分坂道ではあるんだが。どんどん近付いて来るってことは、モノが元気が良いかヒトが元気が良いか。まぁ良いさ。ゆっくり帰ろう、道を譲れば良い」と少し速度を落とした所、その原付がピターッと横に並んだ。
パッと横を見るとフルフェイスのヘルメット、そして黒い革ジャンと…ここで驚きましたのが、そう足が無い。もう一度頭から、フルフェイス、革ジャン…やはり、足が無い。これは、見てはいけないものを見ているんだとハンドルを強く握り、グッと手首を捻り、ドドドッと速度を上げた。だけども、フルフェイスは横をピターッと付いてくる。あー、どうしようどうしようと考えてると。
「もし、落とし物ですよ」と声を掛けられた。クイッと心の臓を握られた感覚を抱きましたが聞こえた声は、若々しい男の声。これは、ただの見間違いかもしれねぇと、もう一度頭から確認すると、フルフェイスに革ジャン…足はどこにも見当たらねぇ。

そうすると、ますます気味が悪くなってドドドッドーッと手首の捻りを更に強める。それかは、5秒も経たないうちに、
「師匠、落とし物ですよ」と今度は親しみを込めて声を掛けてくる。
この師匠という言葉に、頭がスーッと冷静に回り始めた。
「俺が師匠。つまりは、今の仕事の事情を知ってるってことは、どこかで会った同じ生業のモノかもしれねぇ。何より師匠ということは、こちらに分があるはずさ。堂々としてたら、良い」と少し頭の整理が出来てから。
「落とし物とは、何ですか」と聞くと、
「いや、先程落とす所を見たもので、もうだいぶ後ろに落ちてます」と答える。
ここは言葉巧みに、原付を止めることが策略と考え、こちらも１つ。
「あー。あれは、落としたのではなく置いておいたのだ。また、明日取りに行く」と答えると、
「…そうですか。」と返事を返す。
思った以上に、強引さが無い得体の知れないモノを今度は下から確認すると、足が無い身体、革ジャン、フルフェイス…っと、そのフルフェイスの目隠しをジトーっと見詰めて見る。相手の顔を確認しようと速度を少し落としてやれば、普段慣れた道、右へ左へカーブに身体を委ねて、気持ちの良いぐらい2台の原付が山の夜道を並走する。
クーぅッと目を凝らした時に、フルフェイスの目隠しの奥にある瞳が光る。

「あっ、この目は鈴木だ。そうだ後輩の鈴木だ」
鈴木というのは、高校時代の後輩で何をするのも一緒で、よく自分の飯を買って来させてた。当たり前だが、駄賃は後輩の飯の分まで出してやり、このパシり代が飯代と、高校時分に少ない稼ぎの中飯を食わせた後輩であった。
すると、この得体の知れないモノが鈴木の何かと思うと、言ってる事にも気になった。速度をザザーッと下げて、クイッとハンドルを大きく回す。ありがとよ、落とし物拾ってくるでなっと伝えると、鈴木は何も言わず真っ直ぐにいってしまった。
引き返す道中、鈴木のことを考えた。卒業と共に連絡もしてなく、あれからどうしたものか。どんな形であれ、何かを伝えようとして声を掛けてくれたことに、気味も悪いが、少しくすぐったい思いも抱き、酒の肴になればと頭は至って冷静を取り戻していた。
ずーっと戻っていると、何やら影のようなものが道路に転がっている。どんどん、近付くと横たわっている白い原付が見えてきた。その近くには人が倒れているのもわかった。これは大変だっと思い、速度を上げて白い原付に近付くと、どうもその原付に見覚えがある。そう、あれは俺の原付だ。横たわっている人は、、俺じゃあないか。

。。っと気付いた瞬間。パッと回りが暗くなり、その驚きに目を瞑ってしまった。思いきって目を見開くと、自分の身体が横たわり原付も転がっている。どういう事なのか、整理が出来てないが暗がりの中、自分が登り坂に向かって倒れていることはわかった。帰る方向であることは確かだった。すると、すーッと頭の中に今までにない最新の記憶の断片が残っていることに気付いた。
「そうだ。このカーブで対向車がトラックだった。すると俺はそれを避けようと転倒してしまったんだな。落とし物は、このことか」と、月を見上げると鈴木の事を思い出しありがとうと月を拝んだ。
感動にも似た思いを抱いて、原付を起こし家路に向けて出発した。そんな中、１つ気になることがあった。どうして鈴木だったのだろう。親でも兄弟でもなく、自分のピンチであるのに家族親族でなく鈴木だったのか。

少し不思議に感じていると、またサイドミラーに一筋の光が写る。また、原付だ。何かに気付いてしまったような気がして、今までよりも更に不気味に光が近付いてくる。すると、横に並んだ原付から、ひと言。
「落とし物ですよ」と、鈴木の声が聞こえる。今度は、ドドドッドーっと速度を上げるとクイッと大きくハンドルを回し、またドドドッドーっと加速した。何も告げずに引き返したのだ。すると、また同じ場所に自分が横たわっている。それを理解すると同時にまた暗転そして目覚める。どうも、おかしい。よくよく記憶の断片を確認すると、
「そうだ。トラックの前に、まずはサイドミラーだ。サイドミラーの一筋の光に気をとられ、カーブのトラックに驚き転倒してしまったんだ」と、鈴木の力が始りだと察すると、道の脇に岩の塊が１つ。目を凝らして見てみると、なんとそれは鈴木の墓ではないか。驚き声も出ないが、何となく今の状況の辻褄を考えると慌てる必要はなかった。今度は、月あかりに鈴木を拝み。ゆっくりと、帰路を走った。
世界を繋げるインターネット、人を繋げるソーシャルネット。網で心を結ばずに、どんな時代も両の手で心を結びたい。
そんな思いを抱いた満月の夜であった。