>かつての戦友より
はてさて、何方でしょうか?まあ、宜しいけどさ、
聖書では 新約時代を「終わりの時」と呼んでいます。キリストが地上に降誕した時から、再び地上に再臨される時の期間〔旧約時代とは、アダムからキリスト降誕までです〕神さまが計画され、動かしておられる人間の歴史〔イザヤ書45:〕子羊が十字架で罪と死に打ち勝った今の新約時代は人間の歴史の、すでに後半です。そして、キリストが主なる神から巻き物を受け取った時から、歴史は 終結へ向かってひた走っているのです。
黙示録の四騎士 第一の騎士は白い馬でした。第一の封印が解かれ、
白い馬が 出てきた。そして、それに乗っている者は、弓を手に持っており、また冠を与えられ、勝利の上にもなお勝利を得ようとして出かけた。〔黙示録6:2〕
ある聖書解釈では、世界征服に乗り出したキリストを象徴するかも知れないとあります。また別の解釈では終末の最終段階〔大患難〕に顕われる反キリストではないか?ともあります。歴史家ギボンは西暦96年~180年の五人のローマ皇帝 ネルヴァ、トラヤヌス、ハドリアヌス、アンテニヌス・ピウス、マルクス・アウシリウスの治世を 人類史上最も繁栄した時期と呼んでいます。
しかし、わたしは別の解釈を推奨します。すなわち、白馬の騎士はキリストでもなく、反キリストでもなく、「地上の覇者」を意味していることを
ゼカリヤ六章の四両の戦車の馬とシフトしますので、白馬は西の国へ出ていきました。イスラエルから見て、西はローマ帝国 さらに ヨーロッパ、アメリカへ行ったのです。二千年の歴史で「地上の覇者」「地上の征服者」は 十字軍遠征、大航海時代、帝国主義、植民地政策、最近では、二度の世界大戦 武力を遠くへ飛ばしています。〔つづく〕
はてさて、何方でしょうか?まあ、宜しいけどさ、
聖書では 新約時代を「終わりの時」と呼んでいます。キリストが地上に降誕した時から、再び地上に再臨される時の期間〔旧約時代とは、アダムからキリスト降誕までです〕神さまが計画され、動かしておられる人間の歴史〔イザヤ書45:〕子羊が十字架で罪と死に打ち勝った今の新約時代は人間の歴史の、すでに後半です。そして、キリストが主なる神から巻き物を受け取った時から、歴史は 終結へ向かってひた走っているのです。
黙示録の四騎士 第一の騎士は白い馬でした。第一の封印が解かれ、
白い馬が 出てきた。そして、それに乗っている者は、弓を手に持っており、また冠を与えられ、勝利の上にもなお勝利を得ようとして出かけた。〔黙示録6:2〕
ある聖書解釈では、世界征服に乗り出したキリストを象徴するかも知れないとあります。また別の解釈では終末の最終段階〔大患難〕に顕われる反キリストではないか?ともあります。歴史家ギボンは西暦96年~180年の五人のローマ皇帝 ネルヴァ、トラヤヌス、ハドリアヌス、アンテニヌス・ピウス、マルクス・アウシリウスの治世を 人類史上最も繁栄した時期と呼んでいます。
しかし、わたしは別の解釈を推奨します。すなわち、白馬の騎士はキリストでもなく、反キリストでもなく、「地上の覇者」を意味していることを
ゼカリヤ六章の四両の戦車の馬とシフトしますので、白馬は西の国へ出ていきました。イスラエルから見て、西はローマ帝国 さらに ヨーロッパ、アメリカへ行ったのです。二千年の歴史で「地上の覇者」「地上の征服者」は 十字軍遠征、大航海時代、帝国主義、植民地政策、最近では、二度の世界大戦 武力を遠くへ飛ばしています。〔つづく〕