🪓 ﾒﾙﾃｨﾌﾞﾗｯﾄﾞ攻略･地方

すんません、できました。

猫たちの饗宴
〜白の章〜

翌朝。百葉箱。
「レンか？」
近寄る気配を感じて言う。
「ええ、そうよ」
だが、思いもよらない反応が返ってきた。驚いて振り返る七夜。そこに、真っ白な服に身を包んだ銀髪の「それ」が居た。
「初めまして、七夜志貴」
裾を摘み一礼する、その芝居がかった仕草はレンと言うよりはワラキアのそれに近い。だが目に見えない何処かで、「それ」は喩えようもなく「レン」だった。
「お前は、何者だ？」
それでも七夜は問わざるを得ない。自信の驚きを解消する為に。
「私はレン。白き夢のレン。それ以外の何者でもないわ」
「へえ、ドッペルゲンガーって奴か？」
「そうとも言えるしそうで無いとも言える。私は『レン』の夢が実体化された物。『レン』の一つの存在形態である私を『レン』と区別することは無意味よ」
その、微かに歪んだ表情を七夜は見逃さなかった。
「そうか、解ったよ」
七夜は砂を払い立ち上がる。
「それで、レン、お前『で』一体何をしようと言うんだ？」
「今日は『レン』では出来ないことをやりに来たのよ」
「それは一体何だ？」
真っ直ぐに七夜を捉えていた視線が伏せられる。
「それは…その…お礼を言おうと思ったのよ」
伏せられた顔の表情を七夜から窺い知ることは出来ない。
「ああ、そんな事か」
軽く、七夜は発音した。
「あの程度ならお安い御用だよ」
そのつもりだった。
「嘘でしょう！　顔のその火傷は何？　左足を引き摺っていることに気付かないとでも思ったの？　真新しい制服を着ているのはボロボロに焼け焦げたからでは無くて？
その服の下だって、傷だらけの筈よ」
挑むように、叫ぶように、………泣くかのように。
「大丈夫だよ、レン」
七夜は軽くレンの頭に触れる。身を震わせるレンを宥めるように頭を撫でる。
「久しぶりにギリギリの殺し合いが出来て、寧ろ感謝しているくらいだ」
「…っ、そんなの………」
後は言葉にならなかった。
噛み締められた唇。服の裾を握りしめる拳の色は、服装の白よりなお白い。何かに耐えるように俯いて震える。

感情を表に出せないレンの夢。それは感情豊かな自分。だがその豊かな感情を露わにすればするほど、本体との乖離が大きくなり存在を維持できない二重存在。
完璧な偽物(フェイク)は自身を偽物だと理解する知性を持つが故に現実を認められず破綻する。完全な偽物(コピー)は完全であるが故に自身を偽物とは思わない。
二つの狭間にあって、そのどちらでも無い存在。破綻せずに苦しみ続ける矛盾。
その矛盾が、彼女から自由を奪っていた。

時が残酷に流れていく。レンが平静を取り戻す前に事態は進行する。

続き

一瞬、レンの姿が霞掛かったようにブレた。
「おいおい、お前こそ大丈夫か？」
「もう駄目ね。私は『レン』の夢だから。『レン』が眠っている間は自由だけれど、『レン』が目を覚ましている間はそれなりに不自由なのよ。今日は、保った方ね」
静かで、悲痛な叫び。
「待て。なら普段のお前はどうしてると言うんだ？」
「七夜志貴、貴方も知っているはずよ、白い猫のことを」
真逆、という思いが強すぎる。そんなのは本当に夢物語だ。そんな七夜を無視してレンは言う。
「もう一つ、『レン』の意志とは関係のないお願い」
既にレンの姿は透け始めていた。
「貴方が大切にしている朝の『レン』との時間。そこに私が居ても良いかしら？」
撫でていた手をそのままに、七夜はしゃがんでレンと目線を合わせる。
「俺はね、レン、こうしてあの無愛想な白猫と触れ合うことが夢だったんだよ」
触れていた手が空を切った。あの幽かに濡れる赤らんだ頬はそこには無い。それでも、と七夜は思う。
ぎこちない、けれど透き通るような微笑と、震えながら恥ずかしげに紡がれた言の葉を自分は記憶に留めよう。
だが、

それに値するほど、自分は笑えていただろうか？

『ありがとう』
そう言われるほどに、自分は彼女を救えたのだろうか？

「全く、俺が人に感謝されるなんて、どうかしてる」
それは彼の本心からの台詞だった。
足下の白猫がまるで今気付いたとでも言うように、きょとんとして彼を見上げる。
猫には構わず七夜は芝生に寝転んだ。
授業の始まりを告げる本鈴が鳴っても立ち上がらない七夜に一瞥をくれて、白猫は走り去る。
七夜の意識が曖昧になっていく。
空を見上げて眠る彼の傍らには、戻ってきた白と黒の猫が寄り添うように眠っていた。