🪓 ﾒﾙﾃｨﾌﾞﾗｯﾄﾞ攻略･地方

月が、真円を描いた。
いけない夜だ。
この夜、私は眠ってしまってはいけない。

私が私と闘う夜。
私が私に抗う夜。
私が私を抑える夜。

足取りは、重く。
呼吸は荒く。
ただ、人気の無い所を目指して。
人を見てしまっては、いけない。
理性の枷が外れてしまうから。

血が欲しいと、思ってしまうから。

弓塚さつきは、吸血鬼だ。

「くうっ、…はぁっ」
徐々に、ではあるが確実に、私の内の化物が目覚め始めた。
いつまで、抑えていられるだろうか。
（だめ、抑えきらなきゃ）
そうだ。抑えなくては。
ああ、しかしそれでも。
最早、視界は色を失いかけている。
頭は軋み、世界が見えなくなりそうだ。
この衝動に身を委ねればどれほど楽か。
どれほど…。
「やはり貴方と私は同じモノでしたか。弓塚さつき」
声が、聴こえた。


誰、誰だっけこの声。
頭が、頭が上手く動かない。
ああ、そうだ。
エジプトから来た留学生だ。
名前が思い出せない。
なまえ。
「シオンです、シオン・エルトナム・アトラシア」
そうだ。
シオンさんだ。
隣のクラスの、優等生。
シオンさんだ。
…気が緩んだのかもしれない。
「血を、飲ませて」
…！！！
私は、とうとう口に出した。
禁断の言葉を、人を捨てる言葉を。
「ごめん、シオンさん、忘れて、今の。ほんと、ごめん」
自分で自分がわからない。
怖い。
私は、私は、
「はい、どうぞ」
…え？
彼女の指に、血の玉が出来ていた。
甘い匂い。
枷が、外れた。
私は、シオンの指から血を吸った。
涙を、大粒の涙を流しながら。

「落ち着きましたか、弓塚さつき」
「あ、うん。ありがと、かな。んでもって、ごめん」
「礼と謝罪には及びません。先刻話した通り、私と貴方は同じモノなのですから」
「…え」
「貴方と等しく、吸血鬼なのです、私も」

話をした。
色々と、長い話を。
シオンは話してくれた。
シオンは吸血鬼を研究する学者だということ。
自分のような者を治すために研究をしていること。
実は向こうではもう大学を出ていること。
こっちに来たのは蒼崎先生に会うためだということ。
「彼女はこの道では名の知れた人なのですよ」
兄はうちの学校のズェピア先生だということ。
「ワラキア、の方が通りがいいかも知れませんね。実際彼はそう名乗ったはずです」
「そうだね、そんな名前があったんだ…」
色々、本当に色々話したっけ。

「そろそろ、夜が明けます。互いの家に帰りましょうか」
「そうだね、シオンさん」
「シオン、で構いませんよ」
「じゃあ私も、さつきで」
「ではさつき、また明日。学校で」
「うん、また明日！」
「あ、それとさつき」
「え？」
「一人で苦しむより、誰かと苦しみを分かち合ったほうが良い事も有ります」
「…シオン」
「では」

…、そうかもしれないね、シオン。
ありがとう。
私は友人に心の中で礼を言い、その場を去った。
綺麗な月だけが、その場を見下ろしていた。