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🐝東津軽郡雑談

平内町・今別町・蓬田村・外ヶ浜町

No.10371953
合計:
#61
五所川原市飯詰集落には、E家という旧家がある。
戦国末期のこの集落には、地元の豪族が守る高舘城があったが、津軽を統一した津軽為信によって滅ぼされた。
敗れた高舘城主は、現在の集落内にある大日堂のあたりで切腹したのだという。
その後は、もしもこの集落で民衆による一揆の企てがあれば、集落に潜伏している間者E家が察知して、内側から一揆勢を撹乱し、津軽家へ情報を流す役割をするのだという。
例えばE家が、ムラによる一揆の企てを察知した場合、同家の者が、近隣の「湊(みなと)」という土地から岩木川と平川の舟運に乗り、馬に乗り換えて弘前城へ駆けつける。
藩へ情報を提供した後は、何事もなかったようにムラへ戻り、一揆の仲間同士が仲違いするような撹乱工作をしたという。
これが俗にいう「津軽の足引っ張り」の始まりであるという。つまり為信は、津軽各地での反乱や一揆を防ぐために、あらかじめ仲間同士で違いに牽制しあい、足を引っ張りあうような人情を作ってしまったという。よって昔はどのムラでも、そのような密偵の役割をする家がE家であったという。(五所川原市  男性)


[ 匿名さん ]
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