さーてと。こんな深夜に推参です。へたれ文章ですが、どうぞ御覧あれ。
見慣れた路地裏に流れる不穏な空気。一触即発とはこのことか、彼女はそれを痛感する。
あぁ、自分は死ぬかもしれない。と。
「あ……あぁあ……」
ダメだ、抑えなくてはダメだ。今ここで抑え切れなければ私はアレに殺されてしまう。
アレは容赦しない。冷徹かつ確実に仕事をする、機械のような……
「そこまでです、弓塚さん。貴女は暴走している」
丁寧な口調には紛れも無い殺気。押しつぶされそうだ。ココロが。
「だ、大丈夫ですよ? 私はちゃんとしっかりして、ますから」
自分でも分かる強がり。そうでもないと壊れてしまう。自分の中にある力に呑まれてしまう。
「今まではさして問題ではないと見逃して来ましたが……このおかしな夜で貴女も狂ってしまったようですね」
すっと。澱みのない動作で彼女は細長い、剣を。懐から取り出した。
一体、どこにあんな長いものが入っているんだろうなぁ? そうぼうっと考えた。
闇に紛れるような法衣。それがすらっとした体を包み込んでいる。
対して、こちらは何も言う事は無い、ただの制服。女子高生であったころから変わっていない。
「では、行きます。主よ。この子羊にどうか安らぎを」
それが開始の合図だった。もう、自分に押さえが利かない。だから。
彼女はその行き場もやり場も無い力をありったけ足に込めて走り出した。生き延びるため、ただそれだけのために。
私は不運だ。そう嘆く事だってある。実際、あの時に死ねればまだマシだっただろう。
血を吸われて、それでもなお生き延びて。
でも、それはただマシだと言うだけ。私、弓塚さつきが望む場所は唯一つ。彼のいる場所なのだから。
「逃がしません!」
追って来るあの人ははっきり言って恐ろしいまでのプロだ。狭い路地、その壁すらも跳ねて追って来るのだから。
この世界の新米たる自分が敵うはずもなく、みすみす逃がしてももらえないだろう。
それでも走る。空腹を堪え、切り裂かれる足に鞭打ち、自らの力に心が負けないように。
自然、涙が出る。びゅんびゅん飛んで来る黒鍵に限りはなく、いつか自分の真ん中を打ち抜かれるだろう予感がしている。
どこまでも、そこはかとなく逆境。それでも弓塚さつきは諦めない。生きている限り。
「負けないんだから!」
力任せの一閃が黒鍵を弾き返す。返された黒鍵を掴んでまた投げ返してくる代行者。
もしかしたら、逃げ切れるかもしれない。そんな希望も見え始めた頃だった。
「やりますね。でも、ここまでです」
ぞっと。周りの温度が下がった気がした。その悪寒に思わず後ろを振り向いてしまうが、相手の姿はない。
「手加減できませんからね!!」
空を切り裂く音は黒鍵ではなく。その法衣が風を纏う音だった。
最早視認など不可能な領域にまで高められたその速度は正に神速。
いくら吸血鬼とは言え、反応すらさせてもらえず。
「きゃあ!!」
天国にまで吹き飛ばされそうな怒涛のラッシュ。耐え切れるはずもなく体が宙を舞う。
終わった。走れなくなった時点で自分はもう……。
「……ふう。褒めてあげましょう。貴女は中々に強敵でした。」
動かない体にゆっくりと歩み寄ってくる『先輩』。全身を打ち付けられたように、痺れていて。
私みたいな頑丈な奴を殺すにはいい方法なんだろうな、なんて思ってしまった。
「あぁ。最期に会いたかったなぁ……うぅ。逢いたいよぅ、遠野君……」
せめて、目を閉じて。恋焦がれる彼を思い浮かべる。
「懺悔の時間くらいは与えましょう、吸血鬼。せめて、祈りなさい」
やっぱり、あの約束は果たされないままで。弓塚さつきは、ここで死にます。
「じゃあね、遠野君。時々でいいから、私を思い出してくれないかなぁ」