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刀伊の襲来(刀伊の来
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刀伊の襲来(刀伊の来寇)

寛仁3年(1019年)に、中国大陸の賊「刀伊」が、長崎県の壱岐・対馬及び北九州を襲った事件。


刀伊は朝鮮半島を制圧した後の寛仁3年(1019年)3月27日、賊船約50隻、約3,000人の船団を組んで、対馬に来襲。

対馬各地で殺人や放火を繰り返したため、対馬国の在庁官人となっていた上総国出身の阿比留一族が抵抗して、刀伊の将龍羽を討ち果たした。

逃げた刀伊は、壱岐に渡って壱岐を襲撃。男・老人・子供を虐殺し、女をさらい、人家を焼き、牛馬家畜を食い荒らした。

壱岐島民のほとんどが虐殺され、女性の239人が連行されてしまった。生き残った島民は35人だけだった。

さらに刀伊は、九州太宰府に上陸。

しかし、藤原隆家らに撃退され、逃げた刀伊は、今度は肥前を襲撃するも、源知らに撃退されて、朝鮮半島に逃げ帰った。

刀伊は、後に「清」を建国する。


現在も長崎県対馬市は、阿比留氏が最多姓で、産経新聞の阿比留瑠比氏も対馬阿比留氏の系統とされる。

[ 匿名さん ]
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