sage
この世は老いも若きも、男も女も心のさみしい人ばかり…
ホーッホッホッ
暗いバーの片隅、オレンジ色のライトに照らされ作業着の男は背を丸め飲めない酒を煽っていた。
『誰も、俺を尊敬しない。言う事を聞かない。金使う時だけヘラヘラしやがって！』男は荒く鬱憤を吐き出した。
グラスを磨くマスターは無口だ。
『ホッホッホッ。呑みすぎは身体に毒で御座いますよ』黒い帽子に黒い背広。黒い鞄。全身黒づくめの男が微動だにしない笑みでもって男に語り掛けていた。
『だ、誰だオマエ、』作業着の男は煙草とアルコールの混じった息で唸る様に言葉を吐き出す
『申し遅れました。ワタクシこう言う者で御座います』
酒で震える指先で作業着の男は胡散臭そうに、黒づくめの男の差し出す名刺を受け取った。
『この世は老いも若きも、男も女も心のさみしい人ばかり。そんなみなさんのココロのスキマをお埋め致します。ホッホッホッ』
『その喪黒さんが、何をしてくれるんだ』名刺をピラピラさせて不機嫌そうに作業着の男は毒突くが喪黒は動じず。
『皆さん。根津土 厨独(ねつとちゅうとく)さんの事を尊敬して下さらない。社員が何を考えているか分からない。社員が言う事を聞いてくれない。ホッホッ違いますでしょうか？…次期社長様がお困りでしょう』
『ああっ、そうだ俺はもっと凄ェんだよ。…な？何で俺を知ってるんだ。喪黒さんとやら』
『ホッホッ。ある場所では、根津土さん。ちょっと有名人で御座いますよ』
『…』
『名刺の裏面を御覧下さい』
『インターネットのＵＲＬ、アドレス、か…』
『ホッホッ。皆さんが悩みを持ち寄って、それに答える。掲示板の様なサイトで御座います。悩みが晴れない様でしたら、御利用されては如何で御座いましょう』
『フンッ。また、な、マスター、ウィスキー』根津土は喪黒を追い払う様に、アルコールの注文を追加した
『それでは、是非。ホッホッ。あっ忘れていました。もし、そのサイトご利用になられる時は、余り度を越されません様に、ネットと言えど公共の場で御座います。マナーやエチケット。節度を守らないと、大変な事に…』
『分かったよ、ウルセェな！』
根津土は再びアルコールを煽った。
『くれぐれも、ネットの向こうにも、人間が居るのだと、お忘れなく。ホッホッホッ』
根津土が煙草の箱を取り出し、空の箱をクシャリと潰し、バーのマスターに何事か言わんとした時、喪黒の姿は煙に巻かれた様に消えていた。
