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🪓 メルティブラッド攻略・地方


No.630572
合計:
#296
空気読まずにお邪魔します…ありがちな志貴×翡翠ストーリーです。


 「貴女はシンデレラというより、人魚姫よ。
 …だって振り向いてもらえる訳がないでしょう?どうして———…」

 己の荒い息に溶けるよう消えた白雪姫の最期の言葉を振り切り、翡翠は
主の名を叫びながらありったけの力を振り絞って走る。

 志貴さま、志貴さま、志貴さま。
 どうか、どうかご無事で。

 姉の着用している和服より動きやすい筈の洋服が鬱陶しい。裾がぼろぼろの
足に絡み付き、もつれ、転びそうになる。
 しかし休んでいる余裕など無い。じき朝が来て、辺りは明るくなる。
 もし自分よりも先に主を発見した者が、再び先刻の白い夢魔のように
彼を手の届かない何処かへ閉じ込めてしまったら… おぞましい想像は、
疾走する己の熱い体に冷や汗を滲ませた。

 主を慕う者、殺そうとしている者、目的は知れないが、さらおうとしている
者。数多の思惑が渦巻いている中、彼の使用人風情でしかない自分の身を気遣う
必要がどこにある。
 あの方さえご無事ならば、自分は八つ裂きにされようが跡形もなく消されようと
構わない。
 だから、どうか、どうかご無事でいて。

 志貴さま、志貴さま、

 「志貴さま!」

 昇り始めた朝日を背に、狼煙のような一筋の影が伸びている。その根元に
目を凝らすと、黒い髪、見慣れた形の眼鏡、藍色の学生服。ああ、間違いなく、

 「…志貴さま、志貴さま、」

 主と確信した事で、冷静さを取り戻した翡翠は叫ぶのを止め、囁くように
呼びかけながら、ゆっくりと志貴の体を揺り起こす。

 「ん… …ひす、い…?」
 「志貴さま!…大丈夫ですか、お怪我はありませんか?」

 やがて志貴の目が開き、その唇は、はっきりと自分の名の形を作った。
まばゆいばかりの日差しと言葉に、ようやく生きた心地がする。
 しかし、彼の態度が普段と違うことに気づき、やはり何かあったのかと、
翡翠はすぐさま、しかし平静に包んでやんわりと問いかけた。

 「…どうか、なさいましたか」
 「え?ああ、その…」

 闘いに次ぐ闘いで、見るに堪えない自分の姿を咎められるのではないかと、
身を硬くする翡翠。しかし、

 「ありがとな、翡翠」

 主の危機を陰ながら助けるのは、使用人としての職務です。

 冷静にそう返すべき場面で、何故か涙があふれて声が出なくなる。
 このまま朝の日差しに焼かれ、泡となって消えてしまいたいと思った。

 貴方がご無事であればそれだけで良いなどと、善女のような事を言って
おきながら、貴方を困惑させる悪女のような涙が止め処なく流れてしまう。

 わたしはシンデレラにも、人魚姫にも、…使用人にすらなれなかった。
 だけど今だけ、どうか今だけは。

 「恐い思いさせて、つらい事させてごめんな翡翠。俺、ずっと待ってるから。
 落ち着いたら、一緒に帰ろう」


 他の誰でもない、わたしのままで、貴方の傍にいさせてください。


[ 匿名さん ]
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