【岸田文雄の生い立ち】
広島県出身の通商産業省(現:経済産業省)の官僚であった父・岸田文武の元に東京都渋谷区で生まれる。
親の教育方針もあり、文雄は東京で育てられた。
東京生まれの東京育ちだからこそ、これを知らないのか~(^^♪
いまから約200年前、宮島の光明院(こうみょういん)に誓真(せいしん)という僧がいました。
光明院は室町時代に創建された浄土宗のお寺です。
古来より神聖な地と崇められてきた宮島には、主たる産業が存在しませんでした。
そこで誓真は「宮島になにか産業を」と考えていたら、夢に弁財天が現れました。
誓真は弁財天の持っている「琵琶(びわ)」が目に留まります。そして琵琶に似た「しゃもじ」を神木で作ってみることに。
その後、誓真は島民へ宮島参拝のお土産にしようと提案し、制作方法を教えました。
宮島のしゃもじは、神木から作られていることから、使えば「幸運・好運に恵まれる」と名声が広がっていきます。
宮島のしゃもじが有名になっていくにつれて、しゃもじの生産も本格化していき、宮島の一大産業へと発展していきました。