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🛩️ 自衛隊・軍事全国


No.434719
#121
>>101
南京事件について「あったか無かったか」を論点にすれば、「無かった」派は勝ち目はありません。

「事件」はあった。ただ、その規模が十万単位の民間人虐殺では無かった事は、南京の人口推移から推定できる事です。
そして東京裁判において、ホロコーストの東洋版である事を証明し得なかった事も明らかです。

>>96さんは、松井大将が処刑された事をもって「南京大虐殺」が裁判で認証されたかのように書かれますが、松井の場合「一般市民保護の為の十分な措置をとらなかった」事が判決理由で、「大虐殺」が立証されたものではありません。(判決では被害者は10万とされた。これに便衣兵を含むかは不明)

「いわゆるBC級」で処刑された被告は松井に限らないわけで、本来南京だけを取り出して騒ぐ事でも無いのです。

さらに事件と松井との関係で言えば、松井には責任はありません。

松井は1937年8月「蒋介石の侵略による」上海攻撃を受けて、上海派遣軍の軍司令官に召集。上海解放の後、中支那方面軍司令官となります。仕事はあくまで配下の作戦と兵站の統制です。

その後12月に南京攻略命令が大本営から発せられますが、同日に松井は上海派遣軍の司令官職を解かれています。
その意味で松井には軍の「軍紀取り締まり責任」はありません。
この件をもっても東京裁判の事実認定には疑問を感じるべきでしょう。

いわゆる「南京大虐殺」とは、追撃戦で捕捉された敵兵掃討、便衣兵(戦時国際法の保護対象外)の処分、そして大量の投降捕虜(個人投降)の殺傷であり、民間被害はあったが「大量殺害」は無かったと言えます。

日本軍には捕虜の収容を面倒くさがった指揮官に問題があったとは言えるでしょうし、蒋介石にも南京をOpen Cityにしなかった責任はあるでしょうね。


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