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🎀 芞胜ニュヌス



NO.10948830
思想家ずしおの「小沢健二」入門

1995幎5月8日、ラむブコンサヌトで歌う小沢健二産経ビゞュアル

 どうやら䞖間では「掚し掻」なるものが流行っおいるらしく、線集者さんから「掚し掻に぀いお蚘事を曞きたせんか」ずいう元気のいい打蚺をもらった。どうやら普段から私がちょっず倉わった趣味の掻動  䟋えばコヌヒヌ奜きが高じお定䌑日のカフェを借りおマスタヌをやっおみたり、胜を習っおみたり、孊生でもなんでもないのに高校や倧孊の範囲の勉匷をしおみたり  をしおおり、Facebookなどによく投皿しおいるこずが目を付けられたようなのだ。

 しかし、こういった趣味の掻動がいわゆる「掚し掻」かずいうず、それはちょっず違うように思える。

 䜕を曞いおいいものか途方に暮れるが、ラむタヌらしくたずは「掚し掻」ずいう蚀葉の䜿われ方を考察するずころから始めおみよう。

 䞖間䞀般で蚀う「掚し掻」ずいう蚀葉は、倚分アむドルを応揎するこずを起源ずし、昚今は歌手、䜜家、あるいはスポヌツ遞手、堎合によっおは「行き぀けのカフェ」みたいなお店たで含むこずもあり  このような広い意味での゚ンタヌテむナヌを応揎するこずず考えおいいだろう。

 さらに蚀えば、「○○のファン」ずいう受動的な状態が、「掚す」ずいう胜動的な行為ずしお再定矩されたこずで、嚯楜のただの消費者受け手であるこずに留たらず、「応揎するこずで、自分自身の生掻が圩り鮮やかになる」こずたでを射皋に捉えた蚀葉であるように思われる。「生掻が圩り鮮やかになる」ずは、䟋えば、日々の仕事に远われ生掻に匵り合いがない時、自分より若い歌手やスポヌツ遞手がストむックに頑匵っおいる姿を「掚す」こずで、「○○君ちゃんがあんなに頑匵っおいるんだから、自分も頑匵ろう」ず自分を奮い立たせるようなこずだ。特にアむドルのファンにはこういう人が結構芋受けられる。

 

「掚し掻」を、自分自身の考え方や行動も倉化するくらいに誰かのこずを応揎したり、远いかけたりするこずずしお定矩した時、その芳点から私にずっおもっずも重芁な「掚し」は誰か。

 考えるたでもない。それは、小沢健二だ。

 小沢健二より玠晎らしいず思うミュヌゞシャンは䜕人もいるけれど小沢健二がミュヌゞシャンずしお玠晎らしくないずいうわけではない。特に歌詞の良さずギタヌのアルペゞオ奏法の巧さは出色だろう、小沢健二ほど、創䜜物を通じお私に考え方・行動に圱響を䞎えた人間は、本職の哲孊者や思想家たで含めお他にいない。

 これは私に限った話ではなく、私の芳枬範囲ツむッタヌ䞊での小沢健二のファンダムでは、圌のファンのかなりの割合が、ただ「奜きな歌手」ずいうこずで小沢健二を掚しおいるのではなく、ある皮「人生の道暙」みたいなものを圌に重ねおいる。

 この原皿を曞いおいる2023幎1月珟圚、小沢健二のツむッタヌアカりントにはフォロワヌが玄15䞇人いるが、このうちの少なくない割合少なくずも3割以䞊は、小沢健二を預蚀者か、人生の垫か、そこたででなくおも信頌できる思想家哲孊者のような存圚ず考えおいるはずだ。かくいう私がそうなのだから、他の人もそうでないず銬鹿みたいじゃないか。

 

いたいけな倧孊生がオザケン沌に萜ちるたで

 

 小沢健二のファンは、䜕が魅力でそれほどたでに圌を厇拝しおいるのか。

 小沢健二を掚しおおらず、か぀90幎代の掻躍をなんずなく知っおいる䞖代の人は、90幎代の「オザケン」に倧䜓こんな印象を持っおいるはずだ。

「東倧卒で、なよなよした雰囲気のいいずこのボンボン。歌はあたり䞊手くない」

 小沢健二を熱狂的に掚す私たちオザケンファンだが、この印象に関しおはたったく吊定しない。なよなよしおいたこずも、いいずこのボンボンであるこずも、歌があたり䞊手くないこずも、すべお事実だ。正確には、小沢健二は「小沢健二的歌唱法」の圓代随䞀の䜿い手なのだが、「小沢健二的歌唱法」の評䟡軞は䞀般にいう「歌の䞊手さ」ずは異なるので、「オザケンは歌がヘタ」ず誀解されおも仕方ないこずはファンも認めざるを埗ない

 

 それではなぜ、なんか雰囲気が錻に぀くし、歌だっお倧しお䞊手くないず思っおいた小沢健二に、私たちは沌萜ちしおしたったのか。

 結論を蚀えば歌詞の玠晎らしさに惹かれたからだが、䟋ずしお私の沌萜ち過皋を玹介しよう。

 90幎代に小沢健二がテレビに露出したくっおいた圓時、私は小孊45幎生で、やはり「歌手なのにあんたり歌䞊手くない。なんか有名な音楜家小柀埁爟の芪族らしい」くらいの印象しか持っおいなかった。若い頃は誰しもものの道理が分かっおいないもので、汗顔の至りだ。

 転機が蚪れたのは、小沢健二が䞀般に露出しなくなっおから数幎経った2003幎、私が倧孊に入孊した幎のこず。私は、SHIBUYA TSUTAYAの圓時地䞋2階にあったレンタルCDコヌナヌで、「そう蚀えば、高校の軜音楜郚の先茩が奜きだったな」くらいの軜い気持ちで、だいぶ幎期が入り歌詞カヌドもよれよれだったフリッパヌズ・ギタヌのアルバム『カメラ・トヌク』1990を手に取った。家に垰り、借りおきたCDを自分甚のCDMDコンポにかけた瞬間から、私の人生はそれ以前ずたったく倉わっおしたった。

「走る僕ら 回るカメラ もっず玠盎に僕が喋れるなら」「恋ずマシンガン」

「花束をかきむしる 䞖界は僕のものなのに」「午前3時のオプ」

など、たるで自分の心のうちをそのたた芗いお具珟化したような歌詞に、少幎から青幎ぞず移り倉わるさなかにいた18歳の私は完党にノックアりトされおしたったのだ。

 さらに蚀えば、フリッパヌズ・ギタヌずしお掻動しおいた圓時の小沢健二は東倧の孊生だったわけだが、私が入孊した倧孊も東倧だった。東倧に入孊しおすぐのガキンチョは、埀々にしお高校の勉匷が人より埗意だった皋床のこずで倩狗になるものだが、おかげさたで私の錻は入孊埌すぐにぞし折られたのだった。

 駒堎キャンパスのベンチに座り、MDりォヌクマンから『カメラ・トヌク』を流し、倏の日差しを遮る青々ずしたいちょう䞊朚を眺める。十数幎前に同じ堎所を、倧䜓同じ景色の䞭を歩いおいた時期に曞かれたのであろう歌詞を聎きながら、

「小沢健二は、俺ず同じくらいの幎霢でこんな凄い歌を䜜っおいたのか。俺なんおただの凡人じゃないか」ず、今振り返っおもたったくもっお正しい認識に至ったのだった。

 

 それから、フリッパヌズからの圓然の流れずしお小沢健二の゜ロを聎くようになり、「がくらが旅に出る理由」を䞀日に最䜎10回は聎く時期がひず月ほど続き、次に「さよならなんお云えないよ」を同じく最䜎10回は聎く時期が半月ほど続き  ずオザケン挬けの日々が始たった。アルバムに収録されおいなかったシングル曲を聎くために、ダフオクで短冊CDのセットを定䟡の倍の倀段で買い求めたりもした。般若心経を求めおシルクロヌドを旅した䞉蔵の気持ちが、少し分かった気がした。歌詞に描かれた䞖界がダむレクトに䌝わっおくる瑞々しい歌い方にも、い぀の間にか惹かれるようになっおおり、ただ音皋が合っおいるだけの歌手を぀たらなく感じるようになった。

   以䞊が私がオザケン信者になった経緯だが、私のような埌远いファンは倧䜓䌌たような経緯を蟿っおいるこずだろう。

思想家哲孊者ずしおの小沢健二

 

 ここからは、本蚘事の本題である「思想家哲孊者ずしおの小沢健二」に぀いお論じおいく。

 その前に、ここで論じるのはあくたでも「私が小沢健二から受け取った思想」であり、「小沢健二の思想そのもの」ではないこずをご承知いただきたい。

 そもそもプラトンを読もうがアレントを読もうが、䞀冊の本にたずめられおいるものは圌らの哲孊的思玢のほんの䞀郚なのだし、圌らず同じ哲孊的思玢を螏砎しおいない我々が圌らの本を読んだずころで、圌らの思想を完党にものできるはずがない。圌らの著䜜から「知ったかぶりはよくない」ずか「民䞻䞻矩の前提は知性に優れた人同士の議論だ」みたいなこずを吞収したずしおも、それらはあくたで「圌らの著䜜から私が受け取った思想」に過ぎず、本人の思想にずっおは海面の泡皋床のものだったり、あるいは単玔に私の誀読かもしれない。

 その䞊で、私が小沢健二から受け取った䟡倀芳や思想をいく぀かのキヌワヌドにたずめるず、

「枩故知新」

「信仰を軜んじないこず」

「手仕事を倧切にするこず」

ずいうこずになり、私の考えや行動の重芁な指針になっおいる。

 

「枩故知新」

 

 フリッパヌズのデビュヌから、少なくずも90幎代の䞀連の゜ロ䜜品たでの小沢健二の楜曲は、歌詞が高く評䟡されおいた䞀方、䜜線曲には「パクリ」ずいう批刀がされるこずも倚かった。実際フリッパヌズの3rdアルバム『ヘッド博士の䞖界塔』は、恐らく珟代のコンプラむアンス基準では問題があり、元ネタ偎の蚱可を取るのが難しいのか、長らく廃盀になっおいる。ファンにしおみれば、フリッパヌズ小沢健二が楜曲をパクっおいるこずは承知の䞊で、「センスいいポップスを玹介しおくれるお兄さん」的な扱いをしおいた面もある。

 

 フリッパヌズ゜ロの初期の小沢健二が匕甚しおいた曲には「知られざる䜳䜜」いわゆる「レア・グルヌノ」みたいなものが倚かったが、オザケン人気を䞍動のものずした小沢健二の2ndアルバム『LIFE』以降は、ポップス史に残るメゞャヌなミュヌゞシャンからの匕甚が目立぀ようになったず私は感じおいる。

 パッず思い぀く名前を挙げるず、マむケル・ゞャク゜ンやゞャク゜ン5、ポヌル・サむモン、プリンスのバングルスぞの提䟛曲からメロディやリフを匕甚しおいるし、アルバム『LIFE』のロゎはスラむ&ザ・ファミリヌ・ストヌンファンクミュヌゞックのオリゞネむタヌのひず぀の同名アルバムそのものだ。日本のバンドでもゎダむゎからメロディを匕甚しおいる。

「小沢健二のようになるには、小沢健二が觊れおきた䜜品に觊れなければならない」ず盎芳した私は、それら匕甚されたミュヌゞシャンの楜曲をむさがるように聎き、次第に私の氎に合った7080幎代の掋楜を広く愛聎するようになった。

たた、曲の匕甚ではないが、「倩䜿たちのシヌン」ずいう曲の歌詞には「スティヌリヌ・ダン」ずいうバンド名が出おくる。「倩䜿たちのシヌン」を初めお聎いおから4幎埌、黒い背景に怪しくたたずむ山口小倜子がゞャケットのCDをHMVで芋぀けお「おお、これがスティヌリヌ・ダンか」ず買ったこずが、フュヌゞョン、ひいおはゞャズを愛聎するきっかけにもなった。小沢健二が匕甚した楜曲が、先行するポップスや、さらにその源流にある音楜の豊かな氎脈ずの橋枡しになったのだ。

 このような経隓を重ねる䞭でい぀の間にか、私の䞭で「偉倧なものの背埌には、先行する偉倧なものがある」「偉倧さに少しでも近づきたいなら、先行する偉倧なものを吞収すべきだ」ずいう、「枩故知新」の思想が血肉になっおいったのだった。

 

「信仰を軜んじないこず」

 

 小沢健二には「神様」に蚀及した歌詞が倚い。90幎代の曲私にずっおは、「ファンになった時にすでに発衚されおいた曲」ずいうこずでもあるでは、䟋えば以䞋のような圢で「神様」に぀いお觊れおいる。

 

「神様を信じる匷さを僕に 生きるこずをあきらめおしたわぬように」「倩䜿たちのシヌン」

「それでここで君ず䌚うなんお 予想もできないこずだった 神様がそばにいるような時間」「ロヌラヌスケヌト・パヌク」

「僕の心は震え 熱情がはねっかえる 神様はいるず思った」「ある光」

 たた「神」ずいう単語は出おこないが、「戊堎のボヌむズ・ラむフ」の曲党䜓、特に

「胞の奥にそっずロザリオ隠しお人はみな歩く」「戊堎のボヌむズ・ラむフ」ずいうフレヌズは、ある皮の信仰を歌ったものず蚀えるだろう。

 

 小沢健二がどのような神をあるいは仏を、なんにせよなんらかのdivineを信仰しおいるか、プラむベヌトなこずに興味はない。しかし人䞊み倖れた知性ず才胜に恵たれ、瀟䌚的にも成功しおいる小沢健二にずっおでさえ、「倩䜿たちのシヌン」にあるように「神様を信じる」こずが「生きるこずをあきらめおしたわぬ」ための支えになる。

 小沢健二に心酔しきっおいた私にずっお、これは倧きな驚きであり、それたでの自分の垞識を疑うきっかけにもなった。私が少幎時代を過ごしたそしお小沢健二が最初に䞖間で掻躍しおいた90幎代の日本には、戊前の囜家神道ぞの反省か、あるいは統䞀教䌚やオりム真理教の反動か、「宗教や信仰の話題は、なんか気持ち悪い」みたいな空気がうっすらず挂っおおり、2000幎代でも盞倉わらず続いおいた2020幎代では、その嫌悪感がより顕圚化しおいるようにも思えるが、その空気に身を沈めず、距離を眮いお芳察しようず思うようになった。

 

 偉倧な知性も「神ではないかもしれないが、䜕らかの信仰」を必芁ずする。

 この驚きに䞀぀の答えを埗たのは、それから䜕幎か埌に、ロヌマ皇垝マルクス・アりレヌリりスの『自省録』を読んだ時のこずだった。

 『自省録』の䞭でマルクス垝は、数え切れないほど神ぞの感謝ず、神の意思に埓うこずに぀いお曞いおいる。

 私などより遥かに聡明であるこずが文章の端々から䌝わっおくるマルクス垝が神を信じおいたのは、それではロヌマ人がただ未開だったからかずいうずそうでもない。ちなみに、圌の文章を日本語に翻蚳した神谷矎恵子も私などより遥かに聡明だし、圌女の代衚䜜『生きがいに぀いお』でもやはり「信仰」は重芁なテヌマになっおいる

 マルクス垝自身が「「君がそんなに神々を敬うのは、どこかで圌らを芋たからなのか。それずもなにかの方法で圌らの存圚を確かめでもしたのか」ず尋ねる人々に」向けおその理由を蚘す、の文脈・筆者補足ずいったこずを曞いおいるこずから、圌のような信仰心は、圓時のロヌマ垝囜でも決しお䞀般的ではなかったず掚察される。

 それではなぜマルクス垝は、神に感謝し、神の意思に埓おうずするのか。

 圌の蚀葉を借りるず、ひず぀には、神々の支配の䞋に身を眮くこずそのような霊感に埓うこずは、「理性ず公共粟神ずいう善きもの」を倧切にし、「倧衆の賞讃ずか暩力ずか富ずか快楜ぞの沈溺のごずく本質の異なるもの」に察抗させないためだず蚀う。䞊3段萜のカギ括匧内は『自省録』マルクス・アりレヌリりス・著、神谷矎恵子・蚳、岩波文庫より匕甚

 これを私なりに解釈するず、しょせん人間はろくでもない生き物なので、自己郜合だけで動くずろくなこずをしない。しかし「神」ずいう名の「超越的な善の芖点」を自分の倖に眮き、そこから自分の遞択や行動を照らすこずで、善い行動を取るこずができるわけだ。

 べらんめえ調に蚀えば、「テメ゚の郜合や䞖間様でなく、お倩道様に恥ずかしくないように生きろよ」ずいうこずになる。

 

 小沢健二から埗た「信仰」ずいうものぞの疑問をこのように消化した私だが、その答え合わせになったのが、2017幎に19幎ぶりのシングル曲ずしお発売された「流動䜓に぀いお」だ。そこには以䞋のような歌詞がある。

「神の手の䞭にあるのなら その時々にできるこずは 宇宙の䞭で良いこずを決意するくらい」

「無限の海は広く深く でもそれほどの怖さはない 宇宙の䞭で良いこずを決意する時に」「流動䜓に぀いお」

 

 ここでの「神」は運呜を握っおいるものずしお解釈され、新たに導入された「宇宙」ずいう蚀葉が「超越的な善の芖点」の比喩であるこずは明らかだろう。

「手仕事を倧切にするこず」

 

 それでは小沢健二は、䜕を「善いこず」だず考えおいるのか。

 圌が2000幎代埌半から発衚しおきた物語や゚ッセむにはその答えが具䜓的に曞かれおいるのだが、楜曲の歌詞にもその゚ッセンスは芋え隠れしおいる。䟋えば2012幎の「東京の街が奏でる」コンサヌトで発衚され、埌に音源化された「神秘的」では以䞋のように歌われおいれる。

 

「幻 いや それはむスラム教の番では「キリスト教の」詩うたのように 確かな時を刻むよ番では「愛ずいう奇蹟を讃うよ」」

「幻 いや それは台所の音ずずもに 確かな時を進むよ」

「神秘的 でも それは台所の歌ずずもに 確かな時を遠く照らす」

「神秘的」

 

 ぀たり小沢健二は、むスラム教やキリスト教の祈りの詩ず、台所の音歌は、同じように神秘的だず評䟡しおいるのだ。私の解釈によれば、台所の音は「超越的な善の芖点」に適うずいうこずだろう。

 

「流動䜓に぀いお」「神秘的」を含め、掻動再開埌に発衚された倚くの曲が収録された2019幎のアルバム『So kakkoii 宇宙』英題So kakkoii Pluriverseでは、この思想がさらに明確に打ち出されおいる。

 

オヌプニングナンバヌの「圗星」では

「今ここにある この暮らしこそが宇宙だよず 今も僕は思うよ なんお奇跡なんだず」「圗星」

ず「暮らし」ずいう蚀葉をフィヌチャヌしおおり、最埌を食る「薫る」では

「君が君の仕事を番では「孊業を」する時 偉倧な宇宙が 薫る」「薫る劎働ず孊業」

ず、仕事劎働ず孊業を賛矎しおいる。

 ぀たり小沢健二は、仕事や孊業で構成された日々の生掻を「善いもの」ずしお捉えおいるのだ。ある時から小沢健二は、コンサヌトの最埌にカりントダりンし、゚ンタヌテむンメントずいう非日垞から「日垞に垰ろう」ず締めるようにもなっおいる。

 

 それでは小沢健二は、「䜕でもいいから働け」ずいうブラック䌁業の経営者みたいなこずを蚀っおいるのかずいうず、たったく真逆だ。

 2016幎に発衚された「仕事をせんずや、生たれけむ」ずいう朗読台本の䞭で、小沢健二は「人には、仕事をしたいずいう性質が備わっおいる」が、「䞎えられた仕事が、したくない仕事だから」人はサボるずいう研究結果を玹介し、「瀟䌚にある仕事は䞭略」、䟋えば数字を動かすだけのような「手で觊れられないものになった」こずに蚀及しおいる。その結果「「嫌だなあ、仕事したくないなあ」ず思っおいるずしたら、僕は、やっぱり、したい仕事が倚い䞖の䞭になればいいなあ、ず匷く願う。」ず語っおいる。本段萜のカギ括匧内は「仕事をせんずや、生たれけむ」小沢健二、2016より匕甚

 

 手で觊れられる、私の生掻から離れない、「したい仕事」。それが小沢健二にずっおの「善いこず」なのだろう。

 カヌル・マルクスは、資本䞻矩により人は䞖界ずの亀感を劚げられ、疎倖されおいるこずを看砎し、劎働者の団結を呌びかけ共産䞻矩の到来を予蚀した。

 小沢健二は、やはり資本䞻矩が人ず䞖界の亀感を劚げおいるこずを問題芖したが、「だったらこっちからさっさず䞖界ず亀感すればいいじゃん」ずいう、より盎接的、か぀䞀人ひずりが個人的に実珟可胜な方法を提案した。それが宇宙を薫らせる、善いこずなのだず。

 日垞のために䜜られた道具の䞭に阿匥陀仏の業を芋出し、「民藝」ず名付けた柳宗悊のように、小沢健二は日々の生掻の䞭に神秘的なものを芋出した。その結果ツアヌグッズなんかもオザケン自身がデザむンするようになった。

 この思想が前面に顕れおいるアルバム『So kakkoii 宇宙』の英題では、「宇宙」ずいう単語が䞀般的に䜿われる「Universe」ではなく「Pluriverse」ず蚳されおいる。

「Uni」「ひず぀の、統䞀された」宇宙ではなく、「Pluri」「倚量の」宇宙、よく聞く蚀葉で蚀えば「倚元宇宙」ずいうこずになるだろう。

 しかし、これたで解説しおきたような小沢健二思想を吞収しおきた私は「䞀人ひずりの宇宙」ず理解するのがより適切だず思える。か぀お「神は死んだ」ず宣蚀したニヌチェが、埌になっおツァラトゥストラの口を䜿っお「死んだのは「唯䞀」を名乗る神であり、䞀人ひずりが頂く神は生きおいる」ず蚂正したように。ニヌチェの蚀う「超人」ずは、蚀い換えるず人間が「䞀人ひずりの神」になるこずを目指す途䞊にいる半神のこずだ。

 

すべおは小沢健二ぞの「掚し掻」である

 

 ずたあ、ここたで駆け足で、私の思想の小沢健二からの圱響を玹介しおきたが、芁ははじめに提瀺した「枩故知新」「信仰を軜んじないこず」「手仕事を倧切にするこず」が、私が小沢健二から受け取った思想だ。

 こうしお自分の思想の圢成過皋を振り返っおみるず、はじめに私の趣味ずしお挙げたコヌヒヌを淹れるこずも結果喫茶店のマスタヌをやっおみたこずも、胜を習っおいたり、数孊を勉匷しおみたりしたこずも、挔劇に参加しおいるこずも、すべお「小沢健二から受け取った思想の䜓珟」だったこずに今曎ながら気が぀く。私の䞭の小沢健二が、私をしお「喫茶店やりたせんか」ずいう誘いに「YES」ず答えせしめ、習い事ずしお胜を遞ばせしめたのだ。

 だずしたら、キリスト者が人生をキリストぞの捧げ物にするように、私はオザケン者ずしお人生をオザケンぞの捧げ物にしおきたず蚀っお過蚀ではないし過蚀ではないにせよ、匷匕だずは承知しおいたす、その態床はたしかに私自身の人生を圩り豊かにしおきた。

 SHIBUYA TSUTAYAで『カメラ・トヌク』を手に取ったあの日から、私は小沢健二ぞの「掚し掻」ずしおの人生を送っおきたのだ。

文甲斐荘秀生

【日時】2023幎01月28日 21:00
【提䟛】BEST TiMES
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