テキサス州での洪水が、ワシントンで各政治勢力の論争を引き起こす。(資料写真/AP通信)米南部テキサス州で発生した壊滅的な洪水により、少なくとも89人が死亡したことが明らかになった。この災害を受け、トランプ前政権下での気象機関の予算削減が再び議論の的となっている。一方で、複数の気象専門家や関係機関は、米海洋大気庁(NOAA)および米国家気象局(NWS)は災害発生時に適切に対応し、むしろ人的リソースを増強していたと主張している。
「通常より多くの人員を配備」NWSが緊急対応
米メディアAP通信によると、オースティンやサンアントニオなどの地域を管轄するニューブラウンフェルズ気象局では、7月4日未明の洪水に先立ち、通常よりも多い人員で対応に当たっていたと報じている。NWSの気象学者ジェイソン・ラニオン氏は「その晩、通常の倍の5人が勤務していた。重要な事案では各局で人員を増やすのが一般的です」と述べた。
NWS西メキシコ湾水文予報センターの水文学者グレッグ・ウォラー氏も、「通常は夜間は無人だが、洪水の危険があると判断し、夜間体制に切り替え、24時間対応を実施した」と説明している。
また、NWSは7月3日午後1時18分に洪水の初期警報を発し、その後も4日未明にかけて警戒レベルを段階的に引き上げた。4日午前4時3分には「甚大な被害と生命への深刻な脅威をもたらす可能性がある」とする緊急警報も発出されている。
米国土安全保障省(DHS)はNWSの対応時系列をSNSで公開し、「12時間以上前に危険を警告していた」と強調した。
政治論争に発展、民主党は「予算削減が被害拡大招いた」と批判
民主党全国委員会(DNC)は声明で、トランプ政権が「重要ポストの人員補充を拒否したことが死者の増加を招いた可能性がある」と指摘した。元財務長官で現ハーバード大学学長のラリー・サマーズ氏もABCの番組で「トランプの大型減税法案が、今回のような災害の遠因となった」と非難した。
俳優ロージー・オドネル氏もTikTok動画で「早期警報体制と気象情報の能力を破壊したのはトランプだ」と断じた。
専門家は反論、「政治利用は不適切」と指摘
一方、NWS・NOAAの予算削減に批判的とされる気象学者マット・ランザ氏は自身のブログで「今回の洪水に関しては、NOAA・NWSの人的・予算的な問題が影響したという証拠は皆無」と明言。「この件を政治的に利用するのは誠実ではない」と批判した。
NWS職員組合のトム・ファイ氏も「必要な人員が確保され、警報も適切に発出された」と述べている。前NWS局長のルイス・ウッチェリーニ氏も「この規模の降雨は予測が極めて困難だった」としている。
この洪水により、グアダルーペ川の水位は1時間足らずで約8メートル上昇。7日時点で89人が死亡したと発表されている。カール郡のロブ・ケリー判事は「大雨や増水は予想していたが、ここまでの災害になるとは想定外だった」と述べた。
技術の老朽化も課題に 政争より現場の支援を優先すべきとの声も
ケリー判事は、以前から洪水警報システムの整備を検討していたが「コスト面の懸念で見送られてきた」と語り、被災地の一部では携帯電波が不安定で警報が届かなかった可能性も指摘されている。
ウォラー氏は地元紙に「人員も技術も備わっており、全力を尽くした」と語った。DHS長官のクリスティ・ノーム氏も1月5日の記者会見で「NWSには技術的な刷新が必要」と述べ、長年放置されてきた予報システムの近代化を進めると説明した。
共和党のチップ・ロイ下院議員は「被災直後に政治論争を始めるのはワシントンの悪い癖だ。まだ遺体も見つかっていない中で党派性を持ち込むのは不適切だ」と非難した。「責任を急いで押し付けるな。民主党にも、共和党にも失敗はあったかもしれない」と冷静な対応を呼びかけた。
誤情報の拡散も 国土安全保障省はNWSの職務遂行を擁護
NOTUSメディアは、NWSの人員削減を「トランプ政権の急進的な施策」と評しつつも、実際には「災害時に追加人員を確保していた」と報じている。予報が「記録的な豪雨になることを明言していなかった」ともされるが、NWS関係者は「予報としては妥当な範囲だった」と反論している。
さらに、X(旧Twitter)上ではイーロン・マスク氏のAIチャットボット「Grok」が「トランプの2025年予算でNOAA/NWSの予算が30%削減され、人員も17%減となった」とする誤情報を発信。
反トランプの作家セス・エイブラムソン氏はXで「トランプとマスクはこの洪水で50人以上を殺した一因だ」と投稿し、物議を醸した。
こうした中、DHSは再度NWSの災害対応の時系列を公開し、現場の専門性と努力を強調。政争の道具とするのではなく、今後の災害への備えと再発防止に注力すべきとの声が高まっている。