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NO.8002892
無冠の巨匠 富野由悠季の評価が低い理由

無冠の巨匠・富野由悠季「ガンダムの生みの親」の評価が低い理由

富野由悠季を語る時に、「ガンダムの生みの親」と称されることが多い。しかし「ガンダム」=富野由悠季と結びつけるのは難しい。アニメ制作が集団作業で、とりわけ『機動戦士ガンダム』はキャラクターデザイン・作画監督の安彦良和やメカデザインの大河原邦男をはじめとするスタッフのクリエイティブの総体にとして成り立っている。

富野由悠季らしさは、早い段階から各作品に現れている。
そこにはいくつもの作品で繰り返される親子の対立や、あるいは「皆殺しの富野」と呼ばれた容赦ないストーリー(主要キャラクターが実際にほとんど死ぬのは『イデオン』と『聖戦士ダンバイン』(1983)だけであるが)、ちょっと芝居がかった独特のセリフ回し(「それが大人ってものなのか!」「こうなったら戦うしかないでしょ!」といった具合)といった、富野作品の特徴が溢れる。


しかし実際には、富野作品には確固たる映像制作の理論が貫かれる。
著作『映像の原則』を読めば、富野由悠季がいかに論理家であるかが分かるはずだ。ここに実際の優れた作品群と世の中の評価とのギャップがある。

富野由悠季自身がこうした世の中の評価に対して超然として、独自の立場を築いてきた、と言えばそうではない。
むしろ強烈なコンプレックスを露わにする発言が、長年しばしば繰り返されてきた。「所詮ロボットアニメ」「王道ではない」という富野の発言を目にした人は多いだろう。

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[ 匿名さん ]