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【虎番疾風録其の四~小林繁伝(88)】1勝もできず名古屋から広島へ戻った赤ヘルナインを地元のファンは「去年、はしゃぎ過ぎたんじゃ」と厳しい目で迎えた。この巨人戦で勝たなければ、どんな騒ぎになるか―球場はピリピリとした空気に包まれた。
試合は巨人が先行した。一回、王の中前タイムリー、高田の二塁打などで3点。二回にも1点を加えた。広島も負けてはいない。四回にシェーンの3号2ラン。五回には4長短打を集中し5―4と逆転。八回にはシェーンがこの日、2本目の本塁打を放って2点差。そして九回、とんでもない「事件」が起きた。
広島の抑え宮本が3四球で1死満塁のピンチ。末次の中犠飛で1点差に迫られると2死一、二塁で代打・山本功が中前ヒット。二塁走者の土井がホームを突く。中堅・山本から好返球―タッチ。
「アウト!」のコールに古葉監督や赤ヘルナインたちが一斉にベンチを飛び出した。「勝った!」
「セーフだ! 土井の足の方が速い」。巨人ベンチからは長嶋監督が飛び出し、柏木球審へ猛烈抗議。その後に王や張本も続いた。そのときである。三塁側スタンドからグラウンドへ下りてきた25歳ぐらいの男性が、長嶋監督に飛びかかったのである。
「何をするんだ!」と駆け寄った巨人ナインに殴られ蹴られ、男性は鼻血を流しながら球場警備員に引き渡された。この光景にスタンドの広島ファンが怒った。試合後、球場外に待機していたバスに乗り込もうとしていた巨人ナインに約500人のファンが、警備員の制止を振り切って襲いかかったのである。
バットを持ち、並んでいた張本たちは襲い来るファンに「やめろ!」とバットを向けた。それでもファンは殴りかかり、石を投げ、バスの窓ガラスを割った。小林たち若手やバスに乗り遅れた主力選手は、一目散に球場に引き返し、シャワールームに籠もった。
「やっとカープが1勝を挙げたんです。拍手で巨人の選手を送り出しましょう!」。ハンドマイクを持った球団職員の呼びかけでなんとか暴動はおさまったという。(敬称略)