🔈 街で話題

　広島での被爆体験をもとに、爆心地で力強く生き抜く少年を描いた漫画「はだしのゲン」の作者中沢啓治さん（７２）＝埼玉県所沢市在住＝が六日、初めて広島市の平和記念式典に出席する。凄惨（せいさん）な体験から出席を避けてきたが、肺がんで死線をさまよった体験と福島第一原発事故が背中を押した。「見納めになるかもしれないが、政治家たちが核なき世界や脱原発をどう語るか注目したい」と思いを話す。　

　中沢さんは六歳の時、爆心地から一・二キロ離れた学校で被爆。壁の近くにいて助かったが、直前まで話していた友達の母親は全身黒焦げとなった。自宅にいた父と姉、弟は倒壊した家屋に挟まれ焼死し、直後に生まれた妹も四カ月後に死亡。自身も放射能を含む「黒い雨」に打たれた。

　一九六六年に母親が亡くなった後、自分にできる核廃絶の訴えが漫画だった。

　式典はこれまで、テレビ中継を自宅で見るだけ。「毎年同じような式典。あんなもんで核兵器はなくならない」。原爆の投下された六日午前八時十五分が迫ると、あの日がよみがえる。全身が焼けただれ「水をくれ」とうめく人、腸が飛び出しながら地面をはう人、数え切れない死体の腐臭。あの光景を思えば、鐘を鳴らしてハトを飛ばす式典がしらじらしく思え、会場から足を遠ざけた。

　二〇〇九年に白内障を患い、昨年は肺がんで一時意識不明に。今年七月下旬に再発が分かり、再入院が決まっている。「死線に立ってから、すべて吹っ切れた。一度は式典に出てみようかなと」

　福島の原発事故も心を動かした。放射性物質の流出を恐れる被災者の姿が、黒い雨にぬれて「いつ病気になるのか」と不安を抱え続けた自身と重なる。式典で菅直人首相ら政治家が「脱原発」に言及するのかも興味を持った。

　「放射線の怖さは分かっているはずなのに、地震大国の日本で五十四基も原発がある。日本人は原爆の教訓を忘れてしまう」。核利用が一向になくならない状況に「黒い雨は今も世界に降り続けているんです」と語気を強める。

　白内障を患ってから漫画は描けなくなった。「それでも僕は絵を描くことしかできない。これからは大きな壁画を手掛けたい。目は見えなくても思いは語れる。映像作品や講演でも平和を訴えていきたい」。黒い雨がやむまで表現を続ける。