前回は
>>187。つくづく暇だな、俺も。
「蹴り穿つ!!」
応えたのは、別の影だった。
突如として二人の間に割り込み、突き出された黒鍵を蹴り飛ばし、勢いままに距離を取らせる。
その姿は余りにも黒く。夜に慣れているはずのシエルでも俯いたその顔の視認が遅れたほどだ。
「何者です!?」
しかし、弓塚さつきは気付いていた。
「え、え? 嘘?」
その姿は、彼女と同じ学校の学生服。唯一違う点があるとするならそれが男子生徒のものだということ。
聞き違えるはずの無い声。声が、否、雰囲気が似すぎていた。しかし、違う。
この存在は、絶対的に遠野志貴ではない。でも、似すぎている。
「あなたは……」
「通りすがりの殺人鬼(やくしゃ)だ。何、ようやく話の聞けそうな奴に出遭えたじゃないか」
「遠野君……ではありませんね。貴方、何者です!?」
「言っただろう? 通りすがりの殺人鬼(やくしゃ)だよ」
瞬間、シエルの殺気が倍以上に膨れ上がる。さつきはそれに気圧されるが、現れた自称役者はびくともしない。
むしろ不敵に笑って受け流しているほどだ。
「邪魔をする、と言うのなら貴方にも反省してもらいます」
「いや。俺は話を聞きに来ただけなんだがね? いきなり叩き起こされて訳が分からないんだよ」
優しく、諭すように。わざわざ相手を逆なでする殺人鬼。とても話を聞こうという態度ではない。
ズボンのポケットに突っ込まれていた手を出して、軽く肩と首をまわして。挑発的。
しかし何故か。彼女には分かってしまった。この人は、絶対的な味方だと。
「名を名乗りなさい。少しばかり痛い目にあって反省したほうが貴方のためです」
「俺か? 俺は」
すっと。彼の姿勢が下がった。黒鍵が飛ぶ。
今にも黒鍵の餌食になると思われたその瞬間。
「きゃ!!」
「捌くっ、っと」
本当に一瞬。さつきをあそこまで追いつめていた存在はそれだけで地に転がされ、刃物を首筋に突きつけられていた。
「やれやれ……油断大敵だぜ、アンタ。俺は元々異能を相手にするために躾けられた人外ならぬ怪人だ」
「っ!!」
悔しそうに歯噛みするシエル。さつきは実感した。この人、強い。いくら手の内を知られてなかったとは言え、ただの一瞬だった。
いつもなら見えなかっただろうけれど、注視していたせいでほんの少し見えた。あの屈みは、溜め。
爆発的な脚力で距離を零にし、抵抗する間もなく投げ飛ばしてチェックメイト。
「あぁ、そういえば名乗ってなかったな。一夜限りの公演だがね。俺の名前は七夜志貴。
殺人貴ってのが舞台名ってところかな? どうぞよろしく」
「七夜、志貴。そう、ですか。あなたは……」
「志貴……君」
知らずのうちに呟いた、名前。何故だか、私の中で鏡のイメージ。憧れの人がその前に立ち、それを覗き込む。
それを嘲笑うかのように鏡の中で笑っている彼。
「で、。この夜について知っていることを教えて欲しいんだが、どうだろう?
いや、別に強制ってわけじゃないんだが……」
やや長めの沈黙。先輩は、意外と真剣に考えているようだった。
「私も、詳しい事はわかりません。ただ、弓塚さんの暴走を見逃せなかっただけです。
その処置が終わってから、追々調べるつもりではありましたが……」
「そうか……手間をかけさせて済まなかった。やはり自分でやるべきか……まぁいい」
すっと、短刀が引かれる。そして彼は、何故かこちらを向いた。この、死に逝くばかりの体に。
じろじろと遠慮のない視線、しかしそれは決して不快ではなかった。
「へぇ……吸血鬼、ね。アンタはこれの暴走を食い止めたかったわけだ」
「そうですが……済まなかったと思っているなら貴方が処置してください。私は、お腹が空きました」
意外と気さくに話し合う二人。先程まで殺しあっていたとは思えない。
「まぁ、礼くらいはしておこう。ありがとうよ、『先輩』」
つかつかと歩み寄ってくる七夜志貴。その手には、短刀。
不思議と、この人に殺されるのか。という変な安心感。
先程までの不屈はどこへと消えたのか、それはさつき自身にもわからなかった。
「救われないな、お互い、さ」
「あはは……そうかも知れない」
次の瞬間、短刀が閃いた。