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2017/08/09 15:16
爆サイ.com 沖縄版

神道・仏教





NO.5641621

日蓮系始め仏教系へ質問します
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#1012017/07/16 09:31
>>98 『小乗と大乗の区別が書いてあるんだよ…。』 へ〜そうなんですか…? 貴方は 大乗と言えば 法華経も含めた全ての大乗と思っておられるみたいですね…。 大乗にも実に導く為の權もあります。 貴方の上の大乗思想観は ごちゃ混ぜ論ですよ… もう一度 仏教研鑽してから 出直して来てくださいませ。 失礼しました。 南無妙法蓮華經 合掌

[高橋幸弘]

#1022017/07/16 09:34
ある日のこと、仏陀は、サーヴァッティの、
アナータピンディカ園に、止まっておられた。
ヴェーカナッサが訪れると、このように言った。

「ゴータマよ、わたしは、最高の色を説く。」

「遍行者よ、ということは、最高の色は何か。」

「ゴータマよ、類が見れない、最高の色である。」

「友よ、最高を説いても、最高を解かない。
それでは、信用を無くすと、言わざる得ない。
例えば、ここに最高の美女を連れて来よう。」

「ゴータマよ、その美女の名を教え給え。」

「遍行者よ、名は知らないが、最高の美女だ。」

「では、無理である、誰が最高か確められない。」

「遍行者よ、まさしく、これと同じである。
名が付けられるのは、命を確めるためであり、
実に、概念を説くのは、概念を解くためである。」

「最高を説くのは、最高を解くためであり、
最高に囚われて、最高を論じるためではない。
越えるべきものに、囚われるのは、転倒である。」

「ヴェーカナッサよ、石の光と蛍の光では、
どちらの方が、より明るい、光と言えようか。」

「より光るのは、間違いなく、蛍の光の方かと。」

「ヴェーカナッサよ、蛍の光と灯の光では、
どちらの方が、より明るい、光と言えようか。」

「より光るのは、間違いなく、灯の光の方かと。」

「ヴェーカナッサよ、灯の光と月の光では、
どちらの方が、より明るい、光と言えようか。」

「より光るのは、間違いなく、月の光の方かと。」

「ヴェーカナッサよ、月の光と日の光では、
どちらの方が、より明るい、光と言えようか。」

「より光るのは、間違いなく、日の光の方かと。」

「遍行者よ、わたしなら、このように説く。
更に、わたしは、それ以上の光を知っている。
それを知っていて、なお、囚われることがない。」

[匿名さん]

#1032017/07/16 09:41
>>98

そうなんですよ。

元々 小乗とか大乗の言葉は無くて大乗教団が
差別化を、はかるために勝手に上座部仏教を小乗と名付けて小乗は教えが低いとした差別用語なんですね。

現代では戒律が守れない糞凡人の為の言い訳にしてる
本末転倒な使い方をしてますね。

信者も集めやすいですから。

[匿名さん]

#1042017/07/16 09:45
>>102 貴方の努力は認めましょう…。 私に荘厳己義で自分が正しいと主張されたいがために こんな言葉を書き込みされてこられますが 全く 久遠釈尊の法華経を知らない末法の凡夫にかわりなく 何を目的にされているのか 理解不能です!! 私を教化されたいのであれば もっと この文言の出処を明確にするべきであり 人を正しい方角に導こうとする様には 見受けられません…。 貴方の仏教観では 私を導けませんよ…。 失礼しました。 南無妙法蓮華經 合掌

[高橋幸弘]

#1052017/07/16 10:10
>>101
高橋さんもご存じの通り『法華経』の前半14品のメインテーマは開三顕一であり後半14品のメインテーマは久遠本仏の思想です。
実は最新の原『法華経』の経典成立の研究成果によると、インドで興起した大乗仏教由来の教えは開三顕一の法のみで、前半部分の成立が早く、後半部分の久遠本仏の思想就中、如来寿量品を中心とする品は西方のローマ帝国から伝来した原始キリスト教の教義であるキリスト仮現説の影響を色濃く受けて成立したようです。
実は原『法華経』の成立過程に原始キリスト教の影響の有ったことは既に仏教学者の中村元博士が指摘されています。

だから如来寿命品のみをクローズアップして『法華経』を論じると、貴方の主張のように絶対的一元論になるわけです。

しかし、『法華経』が諸経典の王と称される所以は大乗仏教の空の思想を前提に編纂されているわけであり、その点に着目すれば天台大師が『摩訶止観』で「般若の意」を強調された理由も自ずから明らかとなるでしょう

なお、『法華経』が今のように一部八巻二十八品の形に成ったのは後代の中国に於いてであります

[山田明人]

#1062017/07/16 10:26
>>105 ありがとうございます。 たいへん勉強になります。 中村元先生については 私がとやかく 言うことはできませんが…。 一言言わせていただければ… あの方は 釈尊の入滅年代の確定を誤っておられると思います。 私は あの方を 信用は致しません…。 それと、 法華経成立の事柄や 羅什三蔵様の漢訳、日蓮聖人の思想 その他 色々 多くの方からの誹謗 中傷はよくあることですが どれもこれも 全て 無解無信からくる誹謗 中傷であります。 有名な学者がなんといわれましても また、聖徳太子の実在無し の情報が飛び交っても 歴史とは なかなか 難しいものであります… しかし、私 高橋幸弘は 法華経にある寿量品こそ久遠釈尊の存在を認識できる真の正しい教えであると 感じています…! では また ありがとうございました。 南無妙法蓮華經 合掌

[高橋幸弘]

#1072017/07/16 10:54
>>106
>あの方は 釈尊の入滅年代の確定を誤っておられると思います


では、高橋さんは、釈迦の入滅はいつだと思いますか?

[匿名さん]

#1082017/07/16 11:27
>>106
中村元博士は釈迦の入滅年代を誤っていると言う発言は些か言い過ぎでは?。

もしも、そう主張なさるのなら、その立証責任は高橋様にありますよ。

中村博士は様々な説を勘案して考古学の成果も採り入れたうえで推定されているわけですから。

貴方のご信仰とは別次元のことです。

しかし、これだけは申し上げておきますが『法華経』は歴史上の人物としての釈尊が説いた経典ではありません。

勿論、原始仏典もそうですが、一応は釈尊の語録ですが、大乗経典は全て後代の大乗仏教信徒の創作したものです。
なお、大乗経典の最古のものは道行般若経です。

膨大な般若経典群は空の思想を説いていますが龍樹によって哲学的意義が確立しています。

龍樹の論書の中で最重要なものは『中論』ですが古来より、『中論』を読まずして大乗仏教を語る莫れですから、高橋様も読まれておられることと拝察致します。

万が一にも、そうでないならば、実に失礼とは存じますが、是非に『中論』を読まれてますことをお奨めします。

まだお若いのですから広い視野をお持ちください

老婆心ながら。

[山田明人]

#1092017/07/16 11:35
五時八教を信じ込んでる教団は紀元前93?年に
釈尊入滅
1062年に末法に入るという教義

でないと末法の本仏 日蓮聖人が只の人になるから。

あと法華経を説いたのが悟りをひらいて42年後の教義だから
正しくは35才で悟りをひらいたのだけど
29才に誤魔化してますね。

正しくは釈尊入滅は
紀元前350〜550年頃ですね

だから日蓮聖人が生まれた時は末法では無いですね。

これは こちらが主張してる訳では無くて日蓮正宗やケンセイカイ 創価学会が主張してた事ですから。

[匿名さん]

#1102017/07/16 12:05
>>109 『 大論 龍樹菩薩に曰く』 19歳出家 30歳成道 80歳 入滅 を私は示します。 1052年が末法元年ですよ…。 貴方の書き込みは間違いですね…。 正宗や顕正会については 知りません…! 私は久遠釈尊の弟子であり 日蓮聖人の弟子です。 南無妙法蓮華經 合掌

[高橋幸弘]

#1112017/07/16 12:08
>>100
そうですよ
上人様の 発想の出発点が 貧相過ぎて…

下高井戸午郎

[匿名さん]

#1122017/07/16 12:29
>>108 山田明人様へ。 貴方は僧侶ですか…? 他の宗派の僧侶か、 信者か…? または、日蓮聖人を嫌う誹謗 中傷者か…? 他宗教の信者か…? 自らの事は何も語らず ただ仏教そのものを嫌う誹謗者か…? 貴方も法華の佛を謗る輩でありましょうや…! 本未有善の末法の凡夫か…? またの御来店を…。 南無妙法蓮華經 合掌

[高橋幸弘]

#1132017/07/16 12:31
あるとき、わたしは、このように聞いた。

ある日のこと、仏陀は、クシナガラにある、
バリハラナという密林に、止まっておられた。
そこに、比丘衆が集まると、このように説いた。

「比丘達よ、教義に関し、論争は要らない。

意見が分かれ、論争を来す、四つの例がある。
それでは、この四つの例とは、如何なるものか。

第一の例は、文章も異なり、解釈も違っている。

第二の例は、文章が等しく、解釈が違っている。

第三の例は、文章が異なり、解釈が同じである。

第四の例は、文章も等しく、解釈も同じである。

「比丘達よ、この、いずれの例についても、
正しいならば正しい、誤まりならば誤まりと、
正しく解しながら、正しく合わせるべきである。」

「他の説を誹謗せず、自らの説を称賛せず、比丘達よ、ただ一心に、涅槃の道を修習せよ。
他と争うような者が、涅槃に至れる道理はない。」

[匿名さん]

#1142017/07/16 12:40
>>113 南無妙法蓮華經 合掌

[高橋幸弘]

#1152017/07/16 12:49
>>113
南無(ナム)妙法蓮華経

午郎

[匿名さん]

#1162017/07/16 12:52
南無阿弥陀仏 合掌

仏教の弟子

[匿名さん]

#1172017/07/16 13:14
>>112
高橋様は御乱心遊ばされましたか?
このような不特定多数の方々が利用するサイトでプロフィールを開示する必要はありません。
わたしは特定の宗教を擁護することも誹謗することもありません。
ただ、貴方は都合が悪くなると天台大師であれ中村元博士号であれ、何方でも誹謗するので、それは如何なものかな?とは思いますけど。

他人の事を詮索するより御自分を見つめ直されたら如何ですか。

老婆心ながら

[山田明人]

#1182017/07/16 13:22
>>112
私が他のスレで言った通りになりましたね。

例え本物の釈尊が現れても、高橋氏は自分自身の理想とほんの少しでも違えばそれを認めず、彼に対して攻撃を行うでしょう。

私は、今高橋氏がいるのが無間地獄そのものなんじゃないかと思います。
結局、どこまで行っても満足する結果が得られず、他者から理解もされず、他者の理解があったとしても、撥ねつけるしかない。
この中で一番苦しんでるのは高橋氏で、一番救われなければならないのも高橋氏で、自分で救われることができないがために、もがき苦しんでいる状態なんじゃないかと。

幾つか方法はあるので紹介はしますが、どれもリスキーであることを念頭に置いてください。

一つは1ヶ月ほど、誰とも会わずに過ごすことです。奥さんも含めて。
一切の会話を絶って、ネットも絶って、食事と運動だけして過ごしてみてください。
もしも孤独の限界点を突破できたなら、人生観が変わりますよ。

もう一つは、誰も高橋氏を知らない環境に数年間身を置き、生活することです。
こちらも限界点がありますから、それの突破を目指してみてください。

最後は、法華経を離れて、御自分で自分の教えを作ることです。
大きな忌避感があるとは思いますが、法華経の奥深さを信じてやり切ってみてください。

まあ、他にも方法があるのかもしれませんが。
私にはこれが限界です。

[へたれP◆OTFkY2E3]

#1192017/07/16 13:34
>>117 私は法華経本門の釈尊の御言葉が法華経であると 考えています 法華経を誹謗 中傷するものは 謗法であると 先師達が言われていることを 私は素直に理解し 信じています…。 あなたは 無宗教者ですね…。 ならば 理解などできますまいに!! 法華経を受持し 唱える修行者を誹謗すれば 必ずや阿鼻界に落ちなければなりません…! 阿鼻界から帰られましたならば、また お会いいたしましょう…! その時は 素直な心で 法華経を感得できると思います。 阿鼻界に行かれ 罪の償いをされますことを せつに願います…。 では お元気で…。 南無妙法蓮華經 法華経謗法者 山田明人様 合掌

[高橋幸弘]

#1202017/07/16 13:44
>>119
こんな 文章書いて
お前 殺害される 可能性有るぞ

[匿名さん]

#1212017/07/16 13:51
>>118 へたれPさんへ。 貴方が言うことは 私はしてきたのです…! その事を貴方は知らないでしょう…! そして、私は仏教とはなんなのか…? 釈尊は私自身を救いきる事ができるのか…? 日蓮はなぜ 聖人とよばれるのか…? 久遠釈尊など存在しないのではないのか…? 人はなぜ 幸せを求めるのか…? 私が背負い続けているものは、なぜ私が解決しなければならないのか…? この苦しみ、悲しみは 法華経で解決できるのか…? 私ね こんな事を今までに自問自答しながら 一つ一つ答えを出し 生きてきました…。 その結果、 久遠釈尊の法華経にしか これらの大問題を解決することができないと悟り 法華経への信仰心を持ち続けて来たのです…。 私は本已有善であることを 知らされ 感銘したのです…。 やはり、この世界には因果応報はあります…! 南無妙法蓮華經 貴方にはこれらを 理解できません…! 法華経へも信をもてないでしょう…。 では… 南無妙法蓮華經 法華経誹謗者 へたれP様 合掌

[たかはしゆきひろ]

#1222017/07/16 14:39
末法に於いて 法華経の題目『 妙法蓮華經の五字』を素直に理解し 信じる者は 法華経の文言にあるように真っ直ぐへと 成佛してゆくでしょう…。 しかし、この五字を誹謗し 嘲笑い続けるならば 必ずや阿鼻地獄へ直行しなければなりません…! 因果応報が有る限り これを免れる事は不可能なのです…。 日蓮聖人は『法華経の行者』であります…! この行者は 久遠釈尊からの使命に依りて この娑婆世界の末法時代に出現され 『南無妙法蓮華經』を広める為に 迫害に遭い 遠流となられ 斬首されそうになられた ただお一人の『法華経の大行者』であります…。 誹謗してはなりません…。 私 たかはし も日蓮聖人の末弟子です…。 宗門を批難し 『日蓮の教えに帰れ』と叫ぶ一信者です…。 釈尊の法華経はこれ 真実なり…! 南無妙法蓮華經 合掌

[たかはしゆきひろ]

#1232017/07/16 15:40
>>120 貴方にですか…?

[たかはしゆきひろ]

#1242017/07/16 16:02
>>115 南無(なむ) と読まれていますね♪ 素晴らしいです…。 なかなか あなた様の様には皆さん 読まれません…。 大抵は 南無(なん) です…。 なむ みょう ほう れんげ きょう… ですよね♪ 正しくは! ありがとうございます。 久しぶりに 聖者にお会い致しました。 南無妙法蓮華經 南無妙法蓮華經 南無妙法蓮華經 合掌

[たかはしゆきひろ]

#1252017/07/16 16:20
>>121
つまり、高橋氏は限界点を越えることができなかったんですね。

それとも、実は修行仲間や弟子達と会話していたということでしょうか?
もしくは、御両親の関係者が必ず連絡を取りに来たということでしょうか?
法華経を信じ切れず、完全には法華経から離れることができなかったということでしょうか?

私の印象ですが、高橋氏は法華経を信じ切れていないんですよ。
法華経で救うことができる人間の範疇に、高橋氏自身を入れることを認めていないんです。
法華経はそんな狭量な教えではないはずです。
極悪人だって改心して帰依すれば、法華経で救うことができるはずなんです。
その大きな可能性を、高橋氏は自分自身で狭め、わざと自分を救いの範疇から外してしまっているように見えます。

繰り返しますが、これは高橋氏自身の問題です。
高橋氏自身も、救われていいはずなんですよ。
大勢の他者を救うためにあなた自身が犠牲にならなければならないなんて、そんなルールはありません。
私はそんな救いの押し付けは嫌です。
高橋氏自身が救われないなら、私自身も永遠に救われなくて構いません。

[へたれP◆OTFkY2E3]

#1262017/07/16 16:33
>>125 そのままの私自身でかまわない…。 そのままの貴方自身でかまわない…。 人殺しである殺人者でありながら まだ 殺人をしたくなる者でも 法華経に廻り合い 南無妙法蓮華經と唱え 久遠釈尊の存在を信じてゆく者ならば 必ずや 妙法經力により 殺人をしたくなる心が無くなり 人を思う慈悲が芽生え 法華経の行者となり 他人から誹謗 中傷される弟子となり 最後には 成仏してゆくのです…。 これを信じれない者を誹謗者というのです…。 南無妙法蓮華經 合掌

[たかはしゆきひろ]

#1272017/07/16 17:17
あるとき、わたしは、このように聞いた。

ある日のこと仏陀は、サーヴァッティの、
ミガーラマーター講堂に、止まっておられた。
算術家モッガラーナが訪れ、このように言った。

「一段ずつ理解をして、一段ずつ納得する。
算術の教えは、段階的に学ぶ法がありますが、
真理の教えには、段階的に学ぶ法がありますか?」

「馬には、何より先ず、鞍を乗せるように、
比丘衆には、何より先ず、▲戒▲を与えるだろう。
真理に於いて、段階的に解く教えは、存在する。」

「婆羅門よ、真理に於いては、感覚を守る。
仏陀の、弟子が護っている、六つの根がある。

それでは、この六つの根とは、如何なるものか。

第一の根は、眼により色を感じる、眼根である。

第二の根は、耳により声を感じる、耳根である。

第三の根は、鼻により香を感じる、鼻根である。

第四の根は、舌により味を感じる、舌根である。

第五の根は、身により触を感じる、身根である。

第六の根は、意により法を感じる、意根である。」

「婆羅門よ、感覚を守る、比丘に対しては、
如来は、次に、食を正しく取らせようとする。
量を弁えて食べ、身体を養うために食べさせる。」

「婆羅門よ、食事を守る、比丘に対しては、
如来は、次に、いつも正しく覚まそうとする。
経行を行い、坐禅を行い、怠惰な状態を避ける。」

「婆羅門よ、覚醒を守る、比丘に対しては、
如来は、次に、いつも正しく念じさせていく。
何を見ているか、何を行うのか、正しく念じる。」

中略

[匿名さん]

#1282017/07/16 17:36
ある時、アーナンダは、ラージャグリハの、
カランダカニヴァーパに、止まっておられた。
仏陀が涅槃されてから、未だ日が浅い頃である。

丁度、その時、城壁の修理の巡視に訪れた、
マガダ国の大臣、ヴァッサカーラが現われた。

彼は、恭しく挨拶をすると、このように言った。

「アーナンダよ、仏陀が亡くなられた後に、
誰が後を継ぐのか、予め決められていたのか。
ゴータマなき後、我々は誰に帰依すべきなのか。」

「婆羅門よ、後継者は、決められていない。
他に拠るべきでなく、法に拠るべきであると、
仏陀は、亡くなられる前に、繰り返されている。」

「我々は、布薩の日の夜に、一所に集まり、
各々が、法に背いていないか、自ら振り返る。
そうして、法に集うことが、出来ることになる。」

「それならば、現在、尊敬に値する比丘は、
居るのだろうか、もはや、居ないのだろうか。」

「バラモンよ、彼らは、少なからず残っている。」

「婆羅門よ、仏陀により、説き明かされた、
尊敬に値する比丘が有する、十の徳性がある。
それでは、この十つの徳とは、如何なるものか。

第一の徳は、▼戒律▼を修めて、持戒に徹すること。

第二の徳は、説法を聞いて、多学に徹すること。


第三の徳は、托鉢で暮らし、頭陀に徹すること。

第四の徳は、禅定を修めて、高次に達すること。

第五の徳は、神通が現われ、神足に通じること。

第六の徳は、神通が現われ、天耳に通じること。

第七の徳は、神通が現われ、他心に通じること。

第八の徳は、神通が現われ、宿命に通じるこ宿命に通じること。

第九の徳は、神通が現われ、天眼に通じること。

第十の徳は、神通が現われ、漏尽に通じること。」

[匿名さん]

#1292017/07/16 18:02
あるとき、わたしは、このように聞いた。

ある日のこと、仏陀は、サーヴァッティの、
ジェータ林にある、アナータピンディカ園で、
集まって来た、比丘衆に、このように説かれた。

「比丘達よ、出自に於いて、正邪が別れる。
邪な人は、己が選れていると見ようとして、
聖なる人は、全て優れていると見ようとする。」

「比丘達よ、地位に於いて、正邪が別れる。
邪な人は、他を低くして、自らを高めていき、
聖なる人は、自ら低くなり、周りを高めていく。」

「比丘達よ、所有に於いて、正邪が別れる。
邪な人は、物に囚われて、物に縛られていき、
聖なる人は、物に捕われず、他に巡らせていく。」

「比丘達よ、学識に於いて、正邪が別れる。邪な人は、知に囚われて、智を減らしていき、
聖なる人は、知に捕われず、智を増やしていく。」

「比丘達よ、戒律に於いて、正邪が別れる。
邪な人は、戒に囚われて、愛を冷やしていき、
聖なる人は、戒に捕われず、愛を培かっていく。」

「比丘達よ、指導に於いて、正邪が別れる。
邪な人は、自ら犯となり、他を慣わせていき、
聖なる人は、自ら範となり、他を倣わせていく。」

「比丘達よ、修行に於いて、正邪が別れる。
邪な人は、形に囚われて、型を滅ぼしていき、
聖なる人は、形に捕われず、型を蘇らせていく。」

「比丘達よ、禅定に於いて、正邪が別れる。
邪な人は、禅に囚われて、念が嵌まっていき、
聖なる人は、禅に捕われず、念が定まっていく

[匿名さん]

#1302017/07/16 18:39
あるとき、わたしは、このように聞いた。

ある日のこと、仏陀は、サーヴァッティの、
ジェータ林にある、アナータピンディカ園で、
集まって来た、比丘衆に、このように説かれた。

「比丘達よ、正しい定とは、如何なる禅か

正見、正思、正語、正業、正命、正進、正念、

これら、七つを具えた禅こそ、正しい定である。」

「正しい見なくして、正しさが見えようか。

第一に、正しい見である、正見を具えなさい。

それでは、この正しい見とは、如何なるものか。

第一の見は、■布施は有用■であると、認めること。

第二の見は、供養は有用であると、認めること。

第三の見は、因果は実際にあると、認めること。

第四の見は、輪廻は実際にあると、認めること。

第五の見は、此岸は実際にあると、認めること。

第六の見は、彼岸は実際にあると、認めること。

第七の見は、衆生は実際にいると、認めること。

第八の見は、実際に体験できると、認めること。」

[匿名さん]

#1312017/07/16 18:43
戒律を守らないどころか戒律は要らないとし

そればかりか布施も必要無いと説く高橋

彼は永久に釈尊から仏弟子とは認められないだろう。

[匿名さん]

#1322017/07/16 19:19
>>126
高橋氏は、法華経に出会うまで法華経を信じることができなかった自分自身を許せないのではないのですか?
だからこそ、高橋氏は以前の自分自身を「救わない理由」を法華経に求めてしまっているのではないでしょうか。

高橋氏が>>126で書いた通りのことを高橋氏自身が深く理解し、信じていたなら、御自身の出自を恥じるような言葉を言ったりはしないと思うんです。

繰り返します。
あなたが惚れた法華経は、その程度の理由で人を選別し、地獄に落とすような狭量な教えなんでしょうか?

[へたれP◆OTFkY2E3]

#1332017/07/16 19:41
>>132

高橋を認識不足です

高橋の環境下にあった創価学会や日蓮宗(過激な一部)は高橋の教えそのものなんです。
日蓮正宗はまだ酷いです。

ただネットで布教する人は少ないから目立たないだけで全国で500万人はいるのでは。

彼らは自分達だけが成仏で法華経に縁の無い人は全員地獄行きです。

高度経済成長期に願いは叶うと煩悩丸出しで布教しましたから全盛期は1000万越えてました

公明党の力を見ても分かると思います
公明党=創価学会ですから。

宗教団体の教義がそうなってるので高橋ぐらいでは驚きません

実際 創価学会や日蓮正宗は他宗の仏壇を燃やしたりしてましたね
今は日蓮正宗だけでしょうか

[匿名さん]

#1342017/07/16 20:41
>>109
実は、中国の段階でもう末法に入り、日本にはそれをずらして末法年月を変えた、
と何かで聞いた事があります。

[匿名さん]

#1352017/07/16 21:02
>>131 法華経分別功徳品に曰く 『我が為に復塔寺を起て 及び僧坊を作り 四事を以て衆僧を供養することを須いず…。』 これ即ち 戒・定・慧の三学の内、 戒・定を制止されている御文であります…。 貴方はこの文言を無視され まだ 過去の戒律を引っ張りだして 人々を惑わし 戒律が必要である方便の経典を前に押し出してくるのですか…! 久遠釈尊の法華経にハッキリと断言されています!! 貴方の今の仏教観は大間違いです!! 末法には戒・定は必要ありません…! 何度 長ったらしい文を見せてきても 貴方の思想は荘厳己義の法門です!! 久遠釈尊の法華経に逆らえば 必ずや阿鼻地獄に落ちることになるでしょう…! 南無妙法蓮華經 合掌

[たかはしゆきひろ]

#1362017/07/16 21:16
>>132 何でも言ってきました…。 過去に法華経に縁無き衆生は この世で法華経に廻り合えても 素直に理解できずに 手前勝ってな解釈で 法華経を理解し できなければ、誹謗 中傷するのです…。 法華経かん持品第十三に三種の謗法者がとかれています…。 貴方は 俗衆増上慢です…。 南無妙法蓮華經 合掌

[たかはしゆきひろ]

#1372017/07/16 22:04
>>132 私は生まれながらにして 法華経の題目 『南無妙法蓮華經』に縁があるのです!! これを 本已有善と言います。 末法には 本已有善の衆生はかなりおられますが… 本已有善でありながら、法華経を正しく理解できるかといえば、そうではありません…。 なぜなら、周りには法華経をねじ曲げた衆生がたくさんいますし、法華経謗法者もそれ以上にいるのです…。ですから、 法華経を正しく理解し 正しく行ずるには、正しい師に出会わなくてはなりません…。 しかし、この濁りきった末法には 1人として 法華経を正しく理解している師など いないのです…。 では なぜ 私は正しく理解でき 正しく行じてきたと主張するのか…? それは、 正師がいなければ 法華経を正師とすればいいのです…。 しかしながら 法華経は難信難解であります。 であるならば、日蓮聖人を正師とすれば良いのです…。 しかしまたまた これが大変なのです…。 なぜならば、この日蓮聖人の御言葉 即ち 御遺文には 天と地ほど 教えが違う部分があり 、難解であるのです…。 そこで、私は日蓮教学なる仏教思想観を学ぶべく 日蓮聖人教学に邁進してきたのです…。 このことから 行き着いたのは 法華経の久遠釈尊の存在でありました。 この釈尊だけが 末法の私達を救いきるただお一人のお方であると 確信に至りました…。 よって 法華経の久遠釈尊を理解でき 法華経の日蓮聖人に出会え 法華経へと帰ってきたのです…。 南無と 唱えながら…。 南無妙法蓮華經 合掌

[たかはしゆきひろ]

#1382017/07/16 22:05
>>135

馬鹿だね〜 法華経分別功徳品に戒律守れって前半に書いてあるわ。

文切り解釈してんじゃねーよ

当時は お釈迦様が亡くなって500年たつから仏教徒がいなくなり 何とかして弘めたいから
寺を立てたり布施をする
お金はいいから経典の信心だけは しましょう

功徳は無限にあるー とか言って入門しやすくする為

わからんかな〜

楽で功徳が多いと説くと集まるのよ
鎌倉時代の日蓮や浄土宗や浄土真宗ね

入門篇

苦しくて功徳が少ないと人は集まらないのよ

禅宗や戒律のある宗団

こちらは高等篇

中には浄土宗でも戒律守ってる高僧はいるとは思いますけどね。

[匿名さん]

#1392017/07/16 22:15
私 たかはし が今までに貴方に伝えてきた事は 全て法華経の釈尊の御言葉と 日蓮聖人の御言葉を私なりに研鑽し 学び 行じてきたことです…。 これには 騙しや 偽物は一切ありません…! 断言いたします…。 しかしながら 理解できるかは 信じれるかは 貴方次第とも 言ってきました…。 他の法華経を知る方に聞いて頂いても 私の伝えた事と違う部分があるでしょう…。 それは 法華経の仏説通りに説かれていないから 違うのです…。 日蓮聖人教学を知らないからなのです。

[たかはしゆきひろ]

#1402017/07/16 22:23
>>138 貴方は 法華経分別功徳品を理解できない衆生ですね…。 確かにあります。 しかし これは 釈尊在世の衆生を教化する為に説かれた『在世の四信』の教えです!! 私達は末法の衆生です!! 時代が違います! 貴方は間違って解釈してます!! 法華経を知らない衆生は この程度なのです…。 出直して来てくださいませ!! 失礼致しました。 南無妙法蓮華經 合掌

[たかはしゆきひろ]

#1412017/07/16 22:32
>>138 法華経分別功徳品には 『現在の四信と滅後の五品』の教えがあるのです…。 釈尊在世の衆生には 戒律を説かれましたが、 滅後の末法には戒・定を制止され 信を以て慧に代えられ 南無妙法蓮華經への信仰心により 末法の衆生を救われたのです…。 南無妙法蓮華經 まだまだ 教相を知りませんね…。 匿名さん!! 南無妙法蓮華經 合掌

[たかはしゆきひろ]

#1422017/07/17 00:33
一つだけ解ったことがあります。

高橋幸弘
(たかはしゆきひろ)

さんて相当の暇人!

[匿名さん]

#1432017/07/17 01:04
>>119
貴方は都合が悪くなると必ず『法華経』の経文の威をかりて、人を地獄行きと決めつけるのですね

私がいつ、『法華経』を誹謗しましたか?
私の書き込みに『法華経』を誹謗したところがあるのならお示しください

わたしは確かに貴方の行き過ぎた言葉をたしなめはしましたよ。

融和一致を説いて一切衆生を救わんとされた釈尊の御心が顕れた『法華経』を貶めているのは貴方御自身ではありませんか

高橋様は日蓮聖人の『開目抄』を100回拝読ください。
摂受と折伏の配立

四悉檀の配立

これが理解できていなけれは日蓮聖人が仰せの如く「日蓮をうやまふといへども、悪ううやまへば国ほろぶべし」ですね。

貴方の『法華経』理解は完璧な原理主義に墜しています。

[山田明人]

#1442017/07/17 02:05
いかにも。

[匿名さん]

#1452017/07/17 05:24
結局、法華経という名の、高橋氏自身に都合のいい教えに篭ってしまって、自己正当化しようとしているんですよ。
正しい教えに触れる環境がなかったんじゃないでしょうか。

これは私の持論ですが、虐待同然の教育を行うようなら、親はいない方がいいです。
子供を歪めて、次の悲劇を生むきっかけにしかなりませんから。
親の自己満足のために子供を地獄へ突き落としているんですよ。

ここまで感情的になって目の前のものすら見えなくなっているというのは、何か親からの虐待のようなものがあったのではないでしょうか?

[へたれP◆OTFkY2E3]

#1462017/07/17 07:19
>>145
昔の時代のコックや板前などが、弟子に感情任せで暴力まで振るって指導し
教わった弟子も、自分の弟子に、利子まで付けて?感情任せで暴力まで振るって指導し
みたいな、悪循環の繰り返しですよね?

[匿名さん]

#1472017/07/17 08:21
ダメだね 145 146

広島はキリスト教徒が多いから原爆が落ちた
(日蓮正宗、創価学会の正しい宗教に帰依して無いからと何百万人が思ってる)

阪神大震災は創価学会が何かを大阪(忘れた)でしたから起きた(日蓮正宗の書き込みを何回見たか)

東北の地震もそう 日蓮の安国論を信じてるからね

太平洋戦争も日本が神道を拝してるから負けたと思ってるしね(何回ネットで書き込みを見たか)

人の葬式行っちゃあ 顔が黒いから地獄だとか平気で言うからね

桜田淳子が洗脳を未だに解けないように
選民思想にはまった人は他人がどう言おうと無理です

創価学会は日蓮を拝むと願いが叶うと1000万人の信者がいましたが
当たり前です、高度経済成長期だから給料は上がり続け、物質的な願いは叶う訳です。

全部を否定する訳ではない
実際に、どこであろうと信心をすると、心が純粋なら功徳は大きいし
運勢は好転する

だから信仰は難しい

[匿名さん]

#1482017/07/17 09:35
>>105 中村元氏が主張される研究で 如来寿量品の思想が キリスト仮現説からきたものであると貴方は 主張されています…。 中村元氏を引き合いに出しながら 法華経如来寿量品を中心にした本門思想を 低級レベルのキリスト教に当てはめ 久遠釈尊の存在性を否定し 恰も 法華経成立はキリスト教思想からの影響であるかの様に語っている 貴方がそこにいるではありませんか!? 中村元氏の研究を利用し 法華経の久遠釈尊を陥れている貴方を 久遠釈尊は法華経かん持品第十三の『三種の謗法者』として 説かれています…! 貴方はどの三種に当たるのですか?俗衆増上慢!?それとも、道俗増上慢!? 山田明人氏自信 久遠釈尊の法華経を誹謗している事もわからない・… 法華経への謗法とはどの様な事なのかさえも 知らない衆生が 貴方なのです…。 『法華を賛嘆すると言えども 法華の心を殺す。』 の御言葉通り 貴方は知らず知らずの内に 久遠釈尊の法華経を抹殺している謗法者なのです…! 私は此を以て 貴方が久遠釈尊の存在と 如来寿量品を無きものにしたいとする 魔の働きに惑わされた大悪人、大罪人と断言致しましょう!! よって 貴方、 山田明人なる謗法者は 阿鼻地獄に落ちる大罪人であるのです…。 久遠釈尊の法華経を誹謗するなかれ!! 中村元なる謗法者に惑わされてはなりますまいに…。 失礼致しました。 南無妙法蓮華經 合掌

[たかはしゆきひろ]

#1492017/07/17 09:39
>>142 いいえ〜 働いて ご飯食べてます…。 貧乏ですが…。

[たかはしゆきひろ]

#1502017/07/17 10:01
法華経の如来寿量品から逸脱した法華経観は 存在しません…。 例え 原理主義だと言われても 全く その通りですから…。 私の法華経観は 法華経如来寿量品を中心にした久遠釈尊観であり 寿量品こそが 釈尊の魂と考える寿量観なのです…! 日蓮聖人は 『開目鈔』に於いて 寿量の一品を除いては仏教には あらず… と言われています。 ならば、寿量品こそが 私達末法の凡夫が救われるべき教相であるのです…。 この寿量品を日蓮聖人は妙法蓮華經の五字に集約され 南無妙法蓮華經とされ 法華曼陀羅を完成されたのです…! 詳しくは また 後程…。 南無妙法蓮華經 人々御心中へ…。 合掌 久遠釈尊の弟子 たかはしゆきひろ

[たかはしゆきひろ]

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