>>245
S坊2のTりすがりH講員氏コメ
>※○日女御前御返事(御本尊相貌抄 弘安2年8月23日)には、以下のように大曼荼羅について記されています。
「爰に日蓮いかなる不思議にてや候らん竜樹天親等・天台妙楽等だにも顕し給はざる大曼荼羅を・末法二百余年の比『はじめて法華弘通のはたじるし』として顕し奉るなり」
→つまり、ここで『初めて』大聖人様は大曼荼羅(本門の御本尊)を顕し奉ったわけですね。そして、その大曼荼羅は「法華弘通のはたじるし」。つまり法華経の目的である一切衆生救済の本尊です。
つまり、貴方の示す御本尊一覧の中から弘安2年8月23日以前のものは、「貴方のいう大曼荼羅」ではないということです。
この時点で、文永11年12月の大聖人様真筆とされる保田妙本寺の「万年救護本尊」は省かれます。
>爰に日蓮いかなる不思議にてや候らん竜樹天親等・天台妙楽等だにも顕し給はざる大曼荼羅を・末法二百余年の比『はじめて法華弘通のはたじるし』として顕し奉るなり
その前文は
然るに仏滅後二千年過ぎて「末法の始の五百年」に出現せさせ給ふべき由経文赫赫たり明明たり天台妙楽 等の解釈分明なり。
とあり、その「末法の始の五百年」と「末法二百余年の比」を比較すれば、末法の始の五百年の
途中の末法二百余年、とわかる。
「竜樹天親等・天台妙楽等だにも顕し給はざる大曼荼羅をはじめて法華弘通のはたじるしとして末法二百余年に現しました」で、万年救護本尊は省かれるより、寧ろ含まれるのではないか?
S坊2のTりすがりH講員氏コメ
>※○日女御前御返事(御本尊相貌抄 弘安2年8月23日)には、以下のように大曼荼羅について記されています。
「爰に日蓮いかなる不思議にてや候らん竜樹天親等・天台妙楽等だにも顕し給はざる大曼荼羅を・末法二百余年の比『はじめて法華弘通のはたじるし』として顕し奉るなり」
→つまり、ここで『初めて』大聖人様は大曼荼羅(本門の御本尊)を顕し奉ったわけですね。そして、その大曼荼羅は「法華弘通のはたじるし」。つまり法華経の目的である一切衆生救済の本尊です。
つまり、貴方の示す御本尊一覧の中から弘安2年8月23日以前のものは、「貴方のいう大曼荼羅」ではないということです。
この時点で、文永11年12月の大聖人様真筆とされる保田妙本寺の「万年救護本尊」は省かれます。
>爰に日蓮いかなる不思議にてや候らん竜樹天親等・天台妙楽等だにも顕し給はざる大曼荼羅を・末法二百余年の比『はじめて法華弘通のはたじるし』として顕し奉るなり
その前文は
然るに仏滅後二千年過ぎて「末法の始の五百年」に出現せさせ給ふべき由経文赫赫たり明明たり天台妙楽 等の解釈分明なり。
とあり、その「末法の始の五百年」と「末法二百余年の比」を比較すれば、末法の始の五百年の
途中の末法二百余年、とわかる。
「竜樹天親等・天台妙楽等だにも顕し給はざる大曼荼羅をはじめて法華弘通のはたじるしとして末法二百余年に現しました」で、万年救護本尊は省かれるより、寧ろ含まれるのではないか?