>>536漫画でドラマや映画化された「はいからさんが通る」西郷隆盛の妻の伊集院須賀夫人の弟、伊集院兼寛(かねひろ)がモデル。
伊集院須賀夫人は西郷隆盛の最初の妻。薩摩藩士・伊集院兼善(かねよし)の娘。伊集院兼寛の姉。
伊集院須賀夫人は、誰もが振り向くほど美しい女性であり、西郷隆盛(吉之介)が一目惚れし口説き落とした。
西郷(吉之介)と結婚。西郷24歳、須賀21歳くらい。西郷家のあった下加治屋町(したかじやまち)と伊集院家のあった上之園(うえのその)は、歩いて10分ほどの距離。西郷は当時、郡方書役助という地方役人であった。
結婚後すぐ、西郷の祖父・父・母が、立て続けに亡くなる。
1854年2月18日、西郷が薩摩藩主・島津斉彬(なりあきら)に抜擢され江戸へ向かう。
1855年1月頃、須賀が実家に帰る。留守のなか、少ない扶持米で5人の弟妹の面倒をみる苦しい生活の渦中、須賀夫人が倒れてしまう。須賀を見かねた父親が須賀を呼び戻した。その後、伊集院家が西郷に相談し離縁が決まる。西郷はそのとき、「こちらこそ申し訳なかった」と言ったと伝わる。人生最大に愛した須賀夫人との離婚を西郷は一生後悔した。
須賀夫人の父親の伊集院兼善は鳥取県参事、高知県参事、高知県令(知事)となり、弟の伊集院兼寛は元老院議官、のち子爵、貴族院議員となり、勲一等瑞宝章を受章している。
ちなみに、日本最初に鉄砲を合戦に使用した人物は伊集院忠朗。伊集院忠朗は豊臣秀吉の家臣の伊集院忠棟の伯父で、伊集院忠棟の息子は徳川家康が調停した「庄内の乱」の伊集院忠真。
島津四兄弟の居城で、日本最初にキリスト教が行われた場所が伊集院城。