>>537
>>古文献が今の数倍もあったが、焼失や鋤き返しや戦乱などで失ったので、記録文書も失ったのだ。
かもね かもね そうかもね 新田郷が潰しちゃったかもね♪
かもね かもね そうかもね 織田と豊臣が潰しちゃったかもね♪
かもね かもね そうかもね 身内で自爆しちゃったかもね♪
>>従来無いといわれた文献が見付かった例もあるので、その様な記録文書も発見される可能性は有る。
秩父原人とか 光州事件と南京大虐殺の写真をすり替えた事例を考慮すれば
後知恵バイアスは 不利になる確率が高く
神学論争にも等しい不毛ぶりは変わらないかと思われます。
>>記録文書が無い!と仮定するが、記録文書が有る、有ったとの仮定が、何故出来ないのか?
「犬は子供を産むが、もし卵を生む犬がいたらどうだろうか?」・・という詭弁を思い出しちゃった
>>習い損なひの学者風情が
汝が 大聖人さまが示した条件に 合致してらっしゃるのでしたら
習い損なっている部分を ご丁寧にカバーしたらいかがですか?
啖呵きるだけでは 答えになっていませんね
従ってカバーが出来そこねれば、結局は
あなた(この場合は創価及び正宗系を指す)が述べる処の
謗法与同のままなんぢゃねぇーの?
身子と申せし人は仏にならむとて六十劫が間・菩薩の行をみてしかども
こらへかねて二乗の道に入りにき
大通結縁の者は三千塵点劫久遠下種の人の五百塵点劫生死にしづみし
此等は法華経を行ぜし程に第六天の魔王・国主等の身に入りて
とかうわづらわせしかば・たいしてすてしゆへに・そこばくの劫に六道には・めぐりしぞかし。
(堀日亨編纂 新編御書P.1560)
仏法は厳しいんですよぉ〜〜
eco◆Smw69BiSBO